約束の名の下にN


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 目覚めても、辺りは白かった。
 不快を感じる白。
 病院の白である。
 目覚めてもどこか意識が定まらずぼうっとする。
「いやぁぁぁっ!」
 マオの悲鳴が耳をつんざく。
「わ、わるいな、かわせなかったんだ」
 赤
 真っ赤である。
 その白い床をベルの赤い血が汚していく、いや清めるかのようにその不快な白を侵食している。
 ベルの腹部に深い傷があった。
 焼けるような痛み、大量の出血。意識や感覚があいまいになのだが、胸の痛みだけははっきりとしていた。
 これだけの出血、疲労、意思はほとんど働かない。
 自分のことを客観的に判断する。もう、だめだということを。
 院長も近くにいる。しかし、その表情は諦観が表れている。
「ベルぅぅぅ!」
 マオは泣いていた。止血をしながら、意思を使っている。おそらく回復させようとしているのだろう。意思で傷を治しても無駄だということはわかっているはずなのだが、それをやめようとはしない。
 もしマオに普通の意思を使える人間よりも30倍あったとしても全治一ヶ月の傷を一日がかりで治すことしかできない。しかし、ベルの命はいまにも燃え尽きてしまいそうだった。
「む……無駄だ」
 彼がそういってもマオはやめようとしない。
 空を見る。そうはいってもそこには白い天井があるだけだ。
「俺な、記憶喪失だったんだ」
 痛みは今は緩慢になっていた。だから彼は続ける、終わってしまう前に伝えなければならない言葉があったのだ。
「一体、何の―――」
 マオの言葉をさえぎって言う。これだけは最後に言いたかった。
「最初なんでお前をこの施設から連れ出したのかわからなかった」
 なぜ痛みが緩慢になったのかは深く考えなかった。
「院長には意識のそこでマオの母親のことを覚えていたから、といわれた。それは自分の中では納得できなかった」
 少しずつ、寒さを感じなくなっていた。
「今思うと―――なんとなくわかる」
 マオの手に触れた。
 マオは泣いていた。
「許してほしかったんだマオに」
 時間は少ない。
「お前が好きだったんだ。だから、許してほしかった」
 最後の最後で気づいたのだ。
 ずっと不思議に思っていたこと。
 なぜ、マオを連れ出したのか、そして、なぜマオのことが気になるのか。
 簡単なことだ。マオのことが好きだったのだ。
 自分のマオを守るという役割とは関係がない。
 最初に逢ったのは研究室だ。まだ銃の中にいたころ。自分はマオに会った。そのときに自分はそのころからマオが好きだったのだ。
 しかし、自分はマオの母親を殺したのだ。
 許しがほしかった。
「ごめんな、マオ。俺がお前の母親を殺したんだ」
 突然、マオは立ち上がり、意思の銃をもつ。
 その目にはいまだ涙がたまっている。
 そして、銃をこちらに向ける。
「だから……お前は俺を殺す権利があるんだ」
 しかし、その前に意識が遠のいていく。
 マオが何か言葉を言っている。
「―――して、もう――――」
 ぎりぎりで聞き取れる範囲内である。
 いままで、意識を保って口を動かしていたのも、そういったことを最優先に残り少ない意思を使ってきたからだ。
 しかし、それももう無理だった。
 だからうなずく。
「そう―――、ゆ――から」
 なにもかも曖昧になっていく。
 そして―――


 エピローグ 約束の名の下に


「それが最後の記憶だった」
 闇の中つぶやく。
 ここにいると何をしても意味がない。手や足を動かしても、何かに触れることもできない。動かしているということを自覚することもできない。いや、そもそもその手足があることさえわからない。
 だから意味がない。
 何も感じない。
 しかし、音だけは聞こえた。だから言葉を口に出せば自分の耳に届く、それは自分が存在しているということを意味している。彼にとって口に出すことは自分 が存在していることの証明行為だった。
 時間も
 空間も
 光も
 風も
 匂いも
 味も
 音も
 冷たさも
 いとしさも……?
 ふと感じるもの。
 胸ポケットから折り紙を取り出す。
 血がついていた。
 トナカイの折り紙。
 それをじっと眺める。
「……ずいぶん荒いつくりだな」
 苦笑しながら改めてそう思う。
 このトナカイは赤く鼻が塗られていた。
 この世界にいると自分が自分でなくなってしまう感覚に襲われることがある。
 自分の意識が無意識に戻ってしまう力が働いているようなのだ。
 それでも、いまでも自分を確立できている。
 このトナカイの力かもしれない
 彼はそう思った


 一年後
 白い。
 あたり一面の白。
 雪がちらちらと降っている。
 白い雪は好きだった。
 白い色は病院をイメージするのであまり好きではないが、雪自体はすきだった。特にクリスマスとかそいうのは大好きなのだ。
 一年のうちのこの季節だけしか雪は降らないのだ、そういう特別なものが好きだった。
 息を吐く。
 その息も白い、これもこの季節ならではである。
「いつまでそうしているんだよ?」
 後ろから声がかかる。
 振り向く、そこにはマオの父親がいた。
 マオはもう一度白い息を強く吐き出した。
「深呼吸」
「緊張しているのか?」
「うん」
 うなずいて答える。
「……あの状況でよく気づいたな」
 あの状況とはつまり一年前のことである。
「まさか、銃の力を解放するとはな」
 つまり、銃の力を解放した。意思を開放したということだ。解放された意思はベルと合わさり、ベルはそれで少なくなった意思を補給できる。それで傷は回復できる。ベルは意思さえあれば自分の体を回復できる。彼は意思でできているのだから。
 しかし、この意思は異世界にあるものだ。反作用が発生し、ベルごと元の世界に戻ってしまうのだ。
「いわなくてもお前ならわかっていると思うが、この作業は全て無駄になるという覚悟だけはしといてくれよ」
 ベルは異世界にもどった。そこまではいい。しかし、その人格自体が反作用によって霧散するという可能性があるのだ。
「ううん」
 マオは首を横に振って否定する。
「僕はベルに逢えるよ」
 父は苦笑する。
「絶対にか?」
「だって、まだ許してないから」
「お前がこうやって外にいるということはもう許したということなんじゃないか?」
 つまり、外にいるということは狂いがおさまったということだ。
 あの事件以後、狂うということはなくなった。それはあの事件のことを乗り越えたことだ。ベルもまた、自分と同様あの事件の犠牲者であり、彼はそれで苦悩していたと言う事実、そして、ベルへの想いがマオの狂いを抑えたのだ。
 ベルが身を挺して、自分を元に戻してくれたのだ。
 本来、テレパシーのようなことは意思はできない。自分の体から外に出せば意思は霧散してしまうからだ。しかし、あの時、ベルの想いが伝わってきた。おそらく、ベルの銃という特別なものがあってこその現象である。
 それは父の言葉だった。
 が
 想いが通じ合ったから。
 マオは簡単に考えていた。
「まだ、ベルにはいってない」
 銃を構える。
「約束したから」
 マオは言葉を続ける。
「もう一度、逢うって、そのときにいう」
 父は肩をすくめる。
「この作業は俺にはできない、俺はそんなに意思が強くないからな。だから俺に手伝えることない、もっとも妻レベルの意思が使える人間はお前ぐらいしか知らんがな」
 父はそういって、頭の上に手を載せる。
 一年間、マオは意思を扱う訓練をつんだ。
 それは彼を取り戻すためにであった。
 彼がもともと記憶喪失だったのも、あの事件のショックもあるかもしれないが、あの銃を完全に扱える人間がいなかったからなのだ。つまり不完全な形でしかこの世界に出すことができなかったのだ。
 しかし、今は違う。
 それにあの意思で通じ合った世界でも彼は記憶を取り戻した。それは偶然かも知れないが、今だったら確実に大丈夫である。
「まぁ、がんばれ」
 うなずいて答える。
「私にとってもベルは息子になるわけだしな」
 ぼっ
 自分で自分の顔が赤くなったのをはっきり理解する。
「……私の妻が生み出したのなら、私の息子であるという意味でいったつもりなのだがな、まぁ、私としたらどちらでも―――」
 ごっ
 かかとで彼の足を踏み、黙らせる。
 何とか、みだれた気持ちを集中させる。
 イメージする。次元をゆがませることを。
 意思で何かをする際にはそのすることに対してしっかりとした知識がなければうまくいかない。例えば、意思のみで鍵を開ける際にはその鍵の構造を知っていなければ意思は働いてくれないのだ。よくわからないものをなんとかするというようなことには意思は使えないのだ。
 よって、次元をゆがませることに対して正確な知識がなければならない。これはマオの母が残した研究資料の中に記述が残っており、その通りにやればいいのだ。
 まず、正三角形をイメージする。このとき、正三角形をつむぐ線は限りなく細く、一次元の線をイメージする。二次元の線だと、線の部分に面積が発生して正確な正三角形が作れなくなってしまうからだ。
 次に一辺の三分の一の長さを各辺の中央部分を消して、そこに一辺が元の三分の一と同じ長さの正三角形を作る。するとちょうど星型になる。もちろんそれをつむぐ線は一次元である。
 そして、新しくできた部分の辺の三分の一の長さを各辺の中央部分をけして、その新しくできた一辺が下の三分の一と同じ長さの正三角形を作るのだ。
 この作業をひたすら繰り返せば、フラクタラル図形が生まれる。フラクタラル図形はフラクタラル次元という、中途半端な次元をもっているので、次元がゆがんでしまうのだ。それを利用して次元が違う異世界につなぐ。
 長い間その作業を続ける。
 ベルのことを想いながら、それを続ける。
 ベルに逢いたいと想いながら、ひたすらにそれを続ける。
 雪が降っていた。
 すべてを白く塗りつぶす雪。
 だが、その中に塗りつぶされてはいないものがあった。
 その白い雪よりも、さらに白いもの―――
 最初は三角形、次が星型、そしてさらに複雑に成長を遂げていく。
 ちょうどそれは雪の結晶に似ていた。
 もっとも、普通の雪の結晶と違ってその大きさは数メートルもある。
 時折、光をこぼす―――まるでその雪の結晶の正面に立つ少女の白い吐息と呼応するかのように。
 少女の指先に従い、次々文様が刻み込まれ、それがやがて力になる。
「開け―――約束の名の下に!」
 少女―――マオの声が響く。
 息と息、光と光との間隔が少しずつ失われていく。
 そしてそれが最高潮になったとき―――
 瞬間
 風と衝撃、そして雪煙が文様の中心で発生する。
 やがてそれが消える。
 そこには異世界と意思がもれていた。


 時間も
 空間も
 光も
 風も
 匂いも
 味も
 音も
 冷たさも
 いとしさも……?
「……感じる?」
 トナカイの折り紙をにぎりしめつぶやく。
 いとしさを感じる。時間も空間も光も、なにもかも―――
 まぶたの隙間からは光。
 冷たい風。
 ベルは目をうっすらと開けた。
 白い世界が広がっていた。
 マオはかなり寒さのため厚着をしていたが、その文様を維持するために顔には玉のような汗が浮かんでいる。
 異世界はゆっくりと閉じていった。しかしベルはそのままそこに存在したままだった。
 光の文様は光を失い、あたりは呼吸と雪が降るしんしんとした音のみが支配する。
 ―――そんな中、少女―――マオが、
「僕と約束を果たしてくれる?」
 そう、マオがいった。
 それは初めてマオの母親とあったとき、つまり自分が生まれたときと状況が酷似していた。
「……久しぶりだな」
 マオはつかつかとベルのところまで歩き、そして、鼻先に銃を当てる。
 ベルがここにいるということはすでにあの銃は意思が使えるということだ。
「正直にいえば僕はまだベルのことを許しきれてない」
「……」
「でも、僕はベルが好きだし、ベルの行動はある程度納得できる」
「ああ」
「だから、ごめんなさい」
 マオは銃を下ろし、ベルに渡して、そして頭を下げた。
「迷惑をいっぱいベルにかけた」
 痛いほどの言葉だった。
「俺は、マオの母親と約束をしたんだ。マオのことを守ってほしいと、自分がいなくなったらマオを守ってほしいと言われていたいた」
 雪はちらちらと降ってくる。
「約束というのは守る意思がないとうまくいかない。だから―――」
 そこで言葉を切った、恥ずかしかったからだ。
「だから?」
 マオが先を促す。
「お前を守る。これは自分の意思だ」
「僕を許してくれるの?」
「俺も許してくれるのか?」
 思わず笑った。ふたりして笑った。
「石の上に降る雪は溶けずそこにあるだけ……」
 マオがポツリとつぶやく。
「私のお母さんの言葉」
「ああ」
「石の上に降る雪は溶けても、また冬になれば石と雪は逢える」
「ちょっと強引だな」
 マオは笑う。それは本当にうれしそうな顔。決して悲しく笑っているのではない。
 自分は不利益になることはしない。
 そうベルは思っていた。
 自分のことが一番大切だし、それと同時に他人のことなんてどうでもいいと思っていた。
 しかし、今はその考えを少し変わってしまったことを自覚していた。
 思えば、マオに最初に逢ったときからだろう。変わってしまったのは。
 自分の利益は他人の不利益になり、自分の不利益は他人の利益になる。それが今までの考えである。これは、マオの母親を殺したときからの考えだった。
 しかし、それは完全には正しくはない。
 他人の不利益が自分の不利益になるときもあるということがわかったのだ。そして、他人の利益が自分の利益になることがあるということだ。
 誰かが喜んでいれば、自分の喜びを感じ、誰かが怒っていれば、自分も怒り、悲しんでいれば、悲しみ、楽しんでいれば、楽しむ。
 そういうこともあるのだ。
 その誰かがマオなのだ。
「石と雪のたとえだと、まるで冬が過ぎたら俺がこのまま消えるようだろう?」
「消えるの?」
「消えない、消えるはずがない」
 ベルは言葉をそこで切った。恥ずかしかったからだ。
 結局のところ自分は素直でないということだ。
 そうベルは思った。
「俺は俺のやりたいようにするだけだ」
「?」
「俺にとって不利益だ」
 マオは不思議そうな顔をしている。
「そ、その、なんだな、お前が―――」
 そこで言葉を切った。さっきよりもっと恥ずかしかった
 マオの長い髪をなでる。
 ゴホン
 咳払い。
「お父さん!」
 マオがいう、
「……え?」
「よぉ、息子」
「あんた、マオの父親だったのかっ?」
「そーだよ」
 その物言いに、思わず赤面する。
そして、にやつきながらマオの父がいう。
「マオにも同じことをいったのだが、息子といったのは妻の子供という意味で息子だと言ったんだぞ」
 今度は違う意味で血圧が高くなった。
「まぁ、その様子じゃ、それもどうなるかだな」
 しかし、そのにやつき顔が苦悶の表情に変わる。マオがかかとで父親の足をふんだからだ。
「とにかく、お前たちは私が成人するまでは見てあげるつもりだ。なにかあったら『お父さん』と気軽に頼む」
「いや、そんなこといわれてもな」
 つまり、ベルとマオが兄弟だということだ。
 マオは少し恥ずかしそうにいう
「お兄ちゃん」
「いや、確かにそーかもしれんが」
 夢のことを思い出す。そういえば、マオの母親にも似たような話をされたような気がする。
「年下のお兄ちゃん」
「いや、さらにそんなことをいわれてもな」
 マオの目はキラキラと輝いている。なにやら期待のまなざしといった具合だ。
「僕、一人っ子だからお兄ちゃんっていう言葉がなんだかうれしい」
 マオはいう、当然期待のまなざしのままだ。
 ため息をつく。
 観念のため息だ。
「……年上の妹、その目をやめて」
 つまりは、その言葉で兄と妹ということを認めてしまう言葉だ。
 兄弟か。
 それは関係としては悪くは無い。少なくても一緒にいる理由にはなる。
 自分の今の感情を言葉にする方法はまだわからない。
 この気持ちが心地よいということだけはわかる。それはマオと一緒にいるからということもわかっている。
 知識上では予想はつく、好きという感情である。
 しかし、今ひとつ実感できずにいる。
「まぁ、なにもかもこれからなんだな」
 そう思った。
 これから新しい生活、新しい人生が始まるのだ。
 妹もできたしな。
 自分の考えに苦笑する。
「そーだよ、お兄ちゃん」
「……その言い方をやめろ」
 こうやって、こういう馬鹿をやりながら、また明日がやってくるのだろう。
 それがおそらく、自分の利益になる。不利益にはならない。
 知識上では知っていること、しかし今まで感じたことのない感情。
 幸せ。
 ということなのだろう。
 そう思った。

 
 

 

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