約束の名の下にM
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院長の目はいまだということをいっている。
院長の作戦はそれこそ、行き当たりばったりである。しかし、いまのところそれしかなかったし、院長は意思を研究しているのである。その院長がいっているのだから、ある程度の説得力はあった。
意思の銃弾を作る際にはベルが思うのは、硬く、そして早く飛べということをこめて作る。
しかし、もしそれに、さらにある言葉をこめればどうなるか、それがこの作戦の鍵だった。言葉をこめることにより、相手の意思に直接作用させるのだ。それが、どのような結果を生み出すか、もしかしたら何か起こるかもしれない。
どうやら、普通に言葉をかけてもマオにはあまり変化を見られない、ならば意思を直接伝えたらどうだという考えだ。
それは作戦とは呼ぶにもおこがましく、頼りないものであるが、一理はあると思う。問題はどんな言葉を意思にするかである。
しかし、一体どんな言葉をこめればいいのか。
作戦について話をしたときにそれを院長に聞いたが、マオを元に戻すような言葉で説得してほしいといっていた。
そもそも、マオが自分を狙う理由、それは母親を殺されたことによる。そのような奴の言葉を聞くだろうか、そう院長にいったが、絶対に聞く、といっていた。なぜかそのことを確信をもっていっていた。妙にニヤニヤしていたのが気にかかるが。
それに、狂った理由がお前にあるんだから、お前が説得するのが筋だというものだろう、ともいっていた。
素手による攻撃で意思を伝えてもいいのだが、それをやれば、本来、攻撃へ当てるべき意思を言葉を伝えるのに使ってしまうため、攻撃力が落ち、それが近接戦闘では危険だということである。
マオに照準を合わせる。
マオは動きを止めていた。
意思を練る。固く、速く、そして俺の言葉を聞いてくれ、という意思を込める。
そして撃つ。
それは狙いたがわずマオに命中する。
一瞬の硬直。
しかし、マオはひるむことさえ見せず、振り返り、距離を詰めてくる。
右から左へ切り裂くような手刀を一歩後ろに飛びのき範囲から逃れる。
さらにマオは彼の顔面へと蹴りを繰り出しで来る。それを頭を下げてかわす。それは隙ができるとわかっていたが、そうすることでしかかわせなかった。マオは彼の両肩を、右手と左手で押す。
ベルは大きく後ろへと吹き飛ばされる。
やはり、意思を伝えるのは無理か。
そう思ったとき、
―――ご―――。
一瞬、頭の中に何かイメージが浮かぶ、言葉には非常にしにくく、何かの感情が一瞬浮かび、そして消えていってしまった。
しかし、深く考えている暇はない、マオは攻撃の手を休めず、距離を詰めてくる。
右からの蹴りをガードするがその攻撃力は強く、ガードしきれず数歩たたら踏まされる。その隙にマオが懐に飛び込みひじをみぞおちへ、それを体を横にしてかわす、それでマオの右に移動する形になる。
ベ――ご――ね。
先ほど同じ感覚、何か言葉のようなものが生まれかかっていた。
後ろに飛びつつ銃を撃つ。言葉をこめる。
それは命中するが、威力自体はほとんどない。
さらにあわてて距離をとる。
先ほどマオの攻撃をガードした際になにかのイメージが浮かんだ。それはわずかな感情と言葉を呼び起こす。呼び起こそうとするだけだ。
「ベル、どうだ?」
「何かが……」
言葉にしようとするが、それは頭の中で形になる前に散り散りになってしまうために言葉にはならない。
「マオから何かが伝わった気がする」
院長にそう答える。
「だが、あいまいすぎて、なにを伝えてきているのかわからない」
頭の中で散ってしまったものをかき集める。
マオの瞳は何も語りかけてはいない。ただ虚ろな相貌がただそこにあるだけである。
でも、本当にそうなのか、なにも語りかけたりはしないのだろうか、
ベ――ごめ―ね。
マオの目はやはり焦点は合ってはいない。
しかし、その目を見ていると、なんとなくマオの伝えたい言葉がわかる気がする。
ベー、ごめ―ね。
頭の中でそれがようやく形になって浮かぶ上がる、つまり―――
ベル、ごめんね。
おそらくマオはそう伝えたかったのだろう。
つまり、マオは完全に狂っているわけではないのだ。
これなら―――
今度はマオは院長と戦っている。
しかし、ベルとマオとの戦いのように勝負は一方的である。しかも、いつのまにか院長から奪ったのだろうか、ナイフが握られている。やがて院長が大きくはじかれる。
「大丈夫か」
「ああ、腕を少し切られたがね」
見ると、血が流れ出している。
マオはその虚ろなまなざしで、その血を凝視している。
やばい
ベルは思った。
こうやって、血を見てしまえばマオはさらに狂ってしまい、凶暴性が増し、マオを元に戻すことができにくくなる。
持久戦ではだめなのである。
マオはベルの方に向く。同時にそのナイフもまた彼へと向く。
ふと、思い出す。
こんなことが前にあった気がする。
それは既視感と言い切るには、強く、鮮烈なものだった。
それは白いこの監獄がある部屋で起きたこと。
あの時も自分は血だらけで、銃を持っていた。
あの時もマオはナイフをこちらへと向けていた。
最初にマオに出逢ったときと似ているのだ。
そのナイフはまるで辺りの白を吸い込んで発しているかのような白を持っていた。それはまがまがしさまで感じるほどだ。
マオが床を蹴る。
ベルが銃を握り締める。
マオが駆ける。
ベルが照準を合わせる。
マオがナイフを突き出す。
ベルが引き金に手をかける。
凶刃と凶弾が交差する―――
その一歩手前、
妙な感覚。
それは何かが吸い込まれる感覚。
それは肉体ではなく、精神。
なんだ。
それは、自分が自分でなくなる感覚。いや、自分の中に他人を感じるのだ。しかし、不安はない。
混じる。
その単語が頭に思い浮かぶ。
自分とマオの意思の区別があいまいになり、そして区別できなくなっていく。
それは心地良いとか心地悪いといったものではなく、事実としてそこにあるだけであった。
辺りの状況もおかしかった。
時間が非常にゆっくりと感じる。
冗談のようにナイフがゆっくりと迫る。冗談のように銃の引き金がゆっくりと引かれていく。
もうすぐナイフがこっちへ届くな。
場違いに客観的に自分を見ている自分がいた。
意識さえもあいまいになっていく。
なにも考えられなくなる。
やがて、彼の視界は世界は暗転した。
ふと目覚める。
状況がよくわからなかった。
最初に目に入ったのは白い色。
しかし、元々いた部屋ではなかった。元々いた部屋とは似ているが、確かにそれは違うといえた。
なぜならそこは、完全な白い世界だったからだ。
それは不快な白だった。
ベルは立っていた。意識がさめて立っているなんておかしな話である。
そこには白いものばかりではない。
鉄格子があった。
そこには人がいた。
マオがいた。
「マオ……」
マオはうつむいていたが、その言葉に顔を上げる。
「ベル……」
マオはベルの名前をいった。
お互いにお互いの名前を呼ぶ。しかし、それ以上何も会話がおこらない。
思えば、マオと逢ったのはずいぶん久しぶりのことだった。いまさらながらに彼にこのことが頭の中に浮かぶ。
「こうやって、話をするのはずいぶん久しぶりだな」
「……うん」
マオの言葉にはなにか硬いものがある。
それはこの目の前にある鉄格子よりも、向こう側が隔てるもののように彼は感じた。
だからベルは格子まで歩く。
「ベル、ごめんね」
マオはつぶやく。そしてゆっくりと手を伸ばしてくる。
やさしく彼のほほに手を当てる。
爪を立てる。
そして、ゆっくりとその手はほほから首へゆっくりと引っかき傷を作っていく。
抵抗はしない、ベルはなすがままにさせておく。
血が出たのかもしれない。自分の目からは見ることはできないが雰囲気からそれを察する。
マオはそのまま、首を絞めにかかる。
が
手はいつまでたってもベルの首にただ添えられているだけだ。
「絞めないのか?」
マオはその言葉にビクッと反応を見せる。
立場がまるで逆のようである。マオはまるで自分が首を絞められているかのようにおびえている。
マオは首に手をかけたまま、絞めてはこない。
「絞めないのか?」
再度の言葉にマオは手に力を込める。しかし、その力は人を苦しめるといったほどの力はなく、ただ触れているのにほとんど差はない。
「……お母さんを殺したの?」
「それが契約だったからな」
自然に言葉がつむぎ出される。
自分で自分の言葉を思い出す。
「お前の母親が狂ってしまったら、即座に意思の弾丸で彼女を殺す契約になっていた。だから殺した」
「僕はあのとき殺されかけていた、でも、でも、理屈じゃないベルが憎い」
マオの手にわずかに力がこもる。
ふっ
思わず苦笑する。
「なぜしない?」
「なぜって!」
マオは声を荒げる。
「だって、だって!」
マオの手に触れる、その瞬間、マオは体をびくりと反応をする。
「マオ、母親は大事なものか?」
マオの形相が厳しくなってくる。
「俺は、お前とお前の母親が仲良くしていたのを知っている、その母親が殺されて憎いという感覚はわかる。だから―――」
どんどん記憶がシャープになっていくのを感じていた。彼自身の言葉が勝手につむぎ出され、そして、それが後になって自身の中で納得する。それの繰り返しだった。
しかし、次の言葉をつむぐのに一泊置いた、彼自身で自分の言葉に驚いたから、だがすぐにそれを言葉にした。
「俺を殺してもいいんだ」
マオの相貌が大きく見開かれる。
「お前にはその権利がある」
「できないよぉ! 僕、だってだってぇ! ベルことが好きなんだもん!」
マオはその場に崩れ落ちる。
「憎いよぉ、でも好きなんだよ!」
「そうか」
その言葉しか、出なかった。
こちらの言葉をマオは勘違いしているようだ
ひときしりマオは泣き続ける。
ベルはマオが落ち着くまでじっと待つ。
やがてマオは落ち着き、言葉をつむぎ出す。
「……さっき、即座にお母さんに銃を撃つって契約していたっていったけど」
「ああ」
「でも即座じゃなかった。けが人はいっぱい出たし、僕も首をしめられた」
「……そうだな」
マオにいわれ、数瞬虚空を眺める。
しかし、そこには何もない白い空間が広がるばかりだ。
「怖かったんだ」
「え?」
マオは聞き返す。
「俺は怖かったんだ。彼女を失うのを、彼女がそうされるのを望んでいるのをわかっているのにも関わらずな」
マオは黙って聞いている。
「だから、彼女の娘に、マオに手を出すまで、ぎりぎりまで銃を撃てなかった」
「お母さんのこと好きだったの?」
そういわれてベルは驚いた、そんなことを考えたことがなかったからだ。
「……よくわからない、嫌いじゃなかったな」
ベルは言葉を切り、過去に思いをはせた。
「……全てが嫌になったな」
苦笑する。本当に思いだすだけで、いくらでも苦笑してしまうような気持ちになる。
「……人が死ぬってのはこういうことなのか初めてわかって、後悔したんだ」
とうとうと語るベルの言葉を彼女は聞いていた。
「狂うほど、悩み、そして、俺は逃げた。嫌なことにはふたをしたんだ。記憶を銃の中にで切り離して、人格部分を銃の外にだした。でなければ、人格が狂いそうだったからな。それが俺だったんだ」
重い想いが胸を押しつぶす。
「でも、今は思い出した。銃を使ってるうちに銃から記憶がにじみ出したんだ」
マオに改めて向き直る。そしていう。
「ごめんな。あれからずっとお前はそれと向き合って生きてきて、そして苦悩していたのに俺は逃げ出したんだ」
マオはうつむいている。
「……ベルが僕を助けてくれたのは知っている。それはうれしい。ベルがお母さんを殺したのはにくい」
マオはそこで一度言葉を切った。
「僕の中はぐちゃぐちゃだよ」
「ごめんな」
自分は謝ることしか知らなかった。
「でも、ベルが好き。これは変わらない」
「そうか」
数瞬、そのまま会話がと切れる。
なんとはなしに、マオの長い髪に目が行く。それがこの白い世界では目立つからだ。
長く、黒く、そして美しい髪。
ベルは重い口を無理やりに動かす。
「お前の母親がなにを研究していたか知っていたか?」
「意思について?」
「それだけじゃないんだ」
ベルは続けていいう。
「意思の狂いを治す」
彼女は言葉を失った。
「彼女は自分の狂うことを。だから、異世界の意思を作ったんだ。しかし、うまくいかなかった。結局、彼女は狂ったときに、その凶行を止めるような存在として自分を作り直したんだ」
彼女は押し黙る、その顔からは苦悩を除くことができる。
そこで言葉を切った、この言葉をいうには何か力が必要だったからだ。だからそれをためてから言葉を吐き出す。
「だから、お前には俺を自由にしていいだから、俺を殺す権利があるんだ。殺してもいいんだ」
「?」
マオは怪訝な顔をする。やはりマオは気づいていないようだ。
胸がちくちくする。
「その契約はお前に継承されたんだよ。つまり、俺が存在しているのはおまえのためなんだよ」
言葉にすることが嫌だった。だから、自分は肝心なことをさっきからいっていない。さけているんだ。
「マオ、そろそろ目を覚ませ。今のお前はもう狂っていないぞ。なにしろ狂うその原因が―――」
それ以上言葉にならなかった。
「え?」
マオはきょろきょろと辺りを見回す。
「最後に謝っておく」
マオに再度向き直る。
「ごめんな」
「……なにが?」
マオはまだわかっていない。
「……かわせなかったんだよ」
その瞬間、ベルは目を覚めた。
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