約束の名の下にL


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 夢だ。
 これは夢だと思った。
 理由は簡単、矛盾していた。
 どこがと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
 施設での一室に自分はいた。
「私の子供よ」
 彼女は髪の長い少女を連れている。
 いわれて見れば確かに彼女の面影がある。
「……あんたの子供にしてはかわいいな」
「殴る」
 そういって銃をゴンゴンと殴る。
 別に殴られても痛いわけではないが、銃に直接攻撃されると衝撃音がかなりうるさい。
「マオっていうの」
「ん?」
「私の子の名前」
「ああ」
 そのマオという少女が彼女の母親を見上げていう。
「ねぇ、誰に話しかけているの?」
 自分は押し黙った。
 自分の声は彼女以外には聞こえないのだ。
 彼女は銃を指差していう。
「ここにねマオのお兄ちゃんがいるのよ」
「おいおい」
 確かに、自分も彼女から生まれたという意味では彼女の物言いはあながち的外れなものではない。
「まぁ、突っ込みどころは満載だが、そもそも俺が生まれたのは一年ぐらい前、つまりこいつの方がおねえちゃんじゃないのか?」
「あなたと比べてマオは精神年齢が低いから」
「僕は精神年齢が低くなんかない」
「そのせりふは自分のことを僕っていうのが直ってからにしてね」
「ぶー」
 マオがむくれる。
 と
 マオはこちら、つまり銃のすぐそばまで顔を近づける。
 近くまでこられれば、その顔を見ずにはいわれない。
 かなり大きめな目、そしてボーとした相貌、それが非常にチャームポイントである。
「なんだよ」
 自分の声は届かないことは知っているが思わず反応してしまう。
「始めまして、お兄ちゃん」
 マオはそういった。
 それが始めてマオに出会った日だった。
 夢だ。
 これは夢だ。
 昔の夢だ。
 そして―――悲しい夢だ。


「かならず、君を殺しにマオは戻ってくる」
 仮眠から目覚めたベルに最初に院長がそういった。
 病院内で手当てをし、二人だけである。ほとんどの警備はベルが倒したために病院の警備はぼろぼろだったが、まったくいないわけではない、この部屋の外にもある程度の警備がそろっている。もっともマオにとっては気休め程度にしかならない。
「なぜなら、母親を殺した君の事を恨んでいるからだ」
 部屋の中は二人っきりである。一度、戦った同士の警備とベルを一緒にはしないようにという院長の計らいにのだめだ。もっとも、ベルと院長も戦った仲である。ベルがそのことを指摘すると、
「もう、君を捕らえることに意味がない、それに元々、私は君のことが嫌いというわけではないからね」
 といっていた。
 いまベルたちがいる部屋はマオが閉じ込められていた監獄の前である。
 そこが一番強固であり、マオの襲撃から守りやすいという考えだ。同じ理由でベルの部屋でもいいのではという案もあったが、ベルが狂うということはなかったので、それほどそういった強固さはないのだ。
 頭に包帯を巻いて、左腕にも包帯をまく。
 意思を物質化するほど、意思の総量が減る。そのため意思の物質化を最低限にして、なおかつ止血をほどこしたのだ。こうすれば、あとバーストが多少は使える。
「なぜ、俺を捕らえる必要がないんだ?」
「私はこういうような事態になることを恐れていた。そのため君を閉じ込めようとしていたんだよ」
「それなら、国外追放の方が手っ取り早かったんじゃないか」
「……そうすれば君がかならずこの施設に戻ってくるということがわかっていた。事実、前に国外追放したときも、君は戻ってきた」
「なぜ、そうだとわかるんだ?」
「……やはり、君はまだ完全に記憶が戻ったわけじゃないか?」
 そういってかぶりをふる。
「どういう意味だ」
「君が何のために生まれたかがわかっていない」
「……なんのために?」
「そこは、思い出していないのか……」
 院長はあさって方、なにか遠くを見るような目をする。それはつまり、過去を思い出しているのだ。
「知りたいかい?」
 院長の言葉に戸惑う。
 自分の記憶にはもともと興味はなかったし、いままで自分は自分のしたい通りに物事を行ってきた―――すくない記憶の中ではである。
 しかし、院長がいうにはここの病院に戻ってきたのも、ベルの失われた記憶のためであるということだ。
 否定しようとする、しかし、自分の中になぜか否定できないなにかがあるようなきがしてならない。
 頭を振る。
 ここにいるのは自分を狙うマオを倒すためである。そのためにこの施設の人間を利用する。それが自分がここにいる現在の理由である。そこには矛盾はないし、失われた記憶のせいではない。
 自分の思い出した記憶に関しても、夢に出てくる女性、彼女がマオの母親であり、自分を作った人間であるだろう、そんな気がする。しかし、思い出せるのはその程度であり、細かいことまで思い出せないのが実情である。
 唯一つ、しっかりと思い出せるのは自分が彼女を殺したということ、しかし、なぜ殺したのかということが思い出せない。ただ殺したという記憶が頭をこびりついて離れないのだ。
「俺は自分のやりたいようにやるだけだ」
「つまり、ここにいるのも消えた記憶のせいではないということかい?」
 ベルは無言でうなずく。
 そう俺は俺のやりたいことをやるだけである。他人など自分の不利益にならない限りどうでもいいのだ。ましてや思い出せていない記憶など関係ない。
「いまの状況ではこの施設にマオが襲われたらひとたまりもない」
「前に、マオが狂ったときには停電しただけで勝手に気絶したが?」
「それは、まだ血に狂っただけだったからだ。そうすれば血を見せないようにしたりすればいい、それにマオの狂いの度合いが低ければ、頭数さえそろえば、マオを捉えることができる。今回は、狂いの度合いが高い、あの子は母親のこと―――いわば彼女の心の傷の根本が原因で狂っているからな」
「では、どうするんだ」
「一つ作戦がある」
 院長は一本指を立てていう。
「それは―――」
 院長はそれを説明し始めた。


 なにかの衝撃音。
 マオの襲撃だろう。
 辺りは辺りを駆け回る足音で騒がしくなる。
「来たようだな」
 ベルの左手には意思の銃がある。これがこれから重要になる。
「さっきも言ったが、警備の奴らにはここにおびき寄せるようにいってある。実力のないものがマオの前にいても、役に立たない、そもそも戦えるような奴はほとんど警備に残っていない」
 院長は扉をにらんでいる。マオはそこから入ってくるからだ。他にも狭い明かりとりがあるが、とても人が通れるような大きさではない。出入り口はそこだけだ。
「それにこの作戦には多くの人間が入るほうがうまくいかないだろう、タイミングが命だからな」
「わかっている」
 奥歯をかみ締める、それこそ歯が砕けるほどに。緊張を紛らわす。
「もし、それができなければ、二人でマオを気絶させる。もっとも、これは最悪の手段だ。なにしろさっき失敗している」
 といって肩をすくめる。
 ふと、静かになる、あたりの物音がほとんどしなくなったのだ。さきほどまで、うるさいくらいだったのだが。
 ベルと院長が警戒をする。
「いった―――」
 院長が何かいいかけたときである。
 爆音
 ひどく大きな音、それは爆弾といってもいいほどの現象だった。辺りにはぱらぱらとなにかの破片が飛んでくる。壁が破壊されたということに数秒後に彼は気づいた。
目をかばいつつ、辺りをうかがう。煙はそれほどない、そのためシルエットがそこにあった。
 背が低く、小柄な体、華奢な体つきである。髪は長く、腰まで届くほどもある。少女である。
そんな姿が煙の向こうに立っていた。
 やがて煙が引く。
 髪の色は黒、それが最初に目に入った。白い部屋ではそれがよく目立つ。彼女は地面を見ていた。頭をだらんと下ろしている。
 マオだ。
 その顔をゆっくり上げる。やはりそこには焦点の定まらない相貌があるだけである。
「かなり分厚い壁なんだがな、一撃か」
 辺りにはほとんど煙はないし、火に至ってはまったく発生していない。おそらく素手による攻撃、そして音から判断して、一撃による破壊である。
 一つ、確認したことがある。
 やはり、マオは手加減していたということだ。
 マオが鉄格子を曲げて監獄を出てきたことをさっき知ったときにも同じことを考えていた。
 いくら体を強化していてもこんな攻撃を食らったらひとたまりもない。しかし、マオと先に戦ったときにもこんな攻撃はしてこなかった。
 理由はわからない。
 自分に恨みがあるなら晴らせばいい。
 それに母親というのはそんなに大切なものなのだろうか。親子愛というものなのだろうかそれが理解できない。それは自分が作られた存在だから、自分が人間ではないからということなのだろうか。
「私が先に仕掛ける、君はチャンスがあったらその銃で撃ってくれ」
 うなずいて答える。
 院長がマオの方へと歩いていく。


「マオ、私のことがわかるか」
 彼女は院長の方に視線を送る。
「マオ、私のことも恨んでいるかい?」
その相貌にも一抹の感情さえ浮かばない。
「恨んでいるだろうな……」
 院長の言葉にマオはまるでなにも答えない。
 彼は自分の娘に対する感情が浮かぶ。
 自分は自分の子供である以上、幸せにしなくてはならないと思っている。
 これは願いではなく、それが当たり前だと思っていた。まるで義務のように、自分の親があまりいい親ではなかったので、自分の子供にはいやな思いをさせたくはないと漠然にそう考えていた。
 実際、マオが生まれて、その考えは大きく変わった。
 マオを愛し、そして、それは子供を幸せにしたい、これは願いになった。
 自分もそうしようと努力し、自分の子供のためにいろいろとやってきた。
 結果的にそれがうまくいかなかった。
 結局、こういう結果を招いてしまったのは自分がいけないのだ。
 マオはやはり、閉じ込めた自分も恨んでいるのだろう。だからマオは自分を攻撃してくる、しかし、マオはやはり手加減している。それはベルにもいえることだ。
 ベルには自分にも恨みがないといえばうそになる。何しろ妻を殺されたわけである。しかし、しょうがないという気持ちが大半であった。あの状況ではああするしかなかったといえる。自分がそこにいたらそうしていただろう。
 しかし、マオは割り切れないのだろう、それに、あの時のことを思いだせば感情が高まり勝手に狂ってしまうのだろう、それを思い出すキーになるのが血であり、そしてベルへの恨みなのだ。
 ベルには特に自分とマオが親子であるということもいっていない。だから知らないだろう。この病院に来たのも、妻が死んでからの話だ。完全に記憶が戻ったとしても、自分のことは知らないはずだ。
 ベルが完全に記憶が戻っていないのは明白だった。いままでの話から総合的に判断した結果だ。ベルは自分の役割を覚えていないのだ。
 もっとも完全に忘れているのではなく、深層意識の中には存在していて、それが行動に影響を与えているようだ。もっともベルはそれを認めようとはしない。
 もし自分の自我が、作り物であり、そしてその行動も自分がしたいと思ってではなく、全て作り物だということを、すべて認めてしまえば、ベル自体の存在が意味を持たなくなるという不安感があるからだろう。
「もう、やめないかこんなこと?」
 マオはやはり何も答えない。
 聞こえていないわけではない、そして理解していないわけではない、おそらく葛藤しているのだろう。だから手加減がされるのだろう。
 だったら、言葉で説得すれば元に戻るかもしれない。
「お前もこんなことしたくないだろう」
 妻の狂い、それは突発的なものだった。なぜ狂ったか、理由はわからない、長年意思を使ってきた時間によるものか、とにかく妻は狂った。そして、その妻が起こした事件のトラウマのためにその娘が狂った。
 そして自分はそれを止められなかった。
 マオの方へと手を伸ばす。しかし―――
 パシン
 その手がはたかれる。
「ごめんな、本当はお前を自由にしてやりたい、でもできない。狂ったお前を外に出すことはできない」
 マオの相貌はどこかなにか語っているような気がする。なぜ僕を自由にできないのか、といっている。それは罪悪感が生み出す幻だろうか。
「お前の手をこれ以上、赤く染めるわけにはいかない」
 マオが当然、飛び込んでくる。
 マオはそのスピードを乗せた掌底を繰り出す。のけぞって、それをぎりぎりで―――あまりに早くて反応が少し遅れたためだ―――かわす。
 あわてて崩れた体制を立て直し、マオに向き直る。マオはさらに密着するような距離まで詰めてくる。
 かわしきれない。
 マオは両手を突き出す。
 それは軽く押し出したように見えた。
 ドン
 しかし、それはやすやすと院長の体をふきとばし、空を飛ぶ。
 壁にぶつかる。かろうじて受身をとった。
 やはり、確信する。
 マオは手加減をしている。
 確かにもともとマオの意志の力は飛びぬけている。マオの力が強いのは反作用が発生量が通常の人間よりも少ないということがわかっている。
 しかし、普通の人より少ないということはその分どこかにその反作用がいっているということだ。つまり、心にいっている。もともと意思を使えば少なからず、精神に疲労を与えるが、マオの場合はそれがとびぬけているのだ。
 そのマオがその気になれば、鉄格子を曲げ、厚い壁を吹き飛ばすほど力があるのだ。人間がそんな力び攻撃を食らったら即死である。そうならないのはマオが手加減をしているからである。
 やはり、マオは完全に狂っているわけではない。完全に狂っていればそれこそ見境はないだろう。
 これならば、あの作戦がうまくいくかもしれない。
 マオはベルのことを好いているようだった。それにかけているのだ。
 娘を助けることができるかもしれない。
 娘を元に戻すことも、そして―――娘を治すことができるかもしれない。
 ベルに視線を送る。
 目で送る。
 合図を。

 
 

 

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