約束の名の下にK
次 前
ぎゃらりーに戻る TOPに戻る
|
「そうだ、あの時、俺は……」
いやな汗が額に浮かぶ。
「思い出したようだね。マオの母親を君が殺したのを」
「これが、危険の理由だ。もしマオがこのことを知ったら―――」
「僕ならここに」
驚き、そして声が聞こえた方を振り向く。
絶句した。
そこはまるで深海のような静寂が数秒続く。
マオは通路の影に隠れていたのだろう。その角のところに立ち尽くしていた。
「マオ……」
本当はマオになにかいいたかった。だがその後の言葉が続かない。
マオはぼんやりとしていた。
「でも、あの時はベルはあの場所にはいなかったよ」
「……それは、まだベル君が人化していなかったから。つまり、意思の状態であったんだ。あの時はまだあの事件のあと彼は人化したんだ。理由は不明だけどね」
「そう……」
マオはそれきりなにも言葉を発しなくなった。
辺りは何も音がしない。
重い沈黙。
それが辺りを支配する。
それは嵐の前の静けさであるのは明白だった。
マオの目を見る。
それはぼうとほうけているような目である。
しかし、次の瞬間。
マオは変わった。
何か肉体的な変化があったわけではない。
しかし、変わったのがわかった。
マオはゆっくりと腰を落とす。
院長がいう。
「ベル、一時、休戦だ。全力でマオを無力化する」
俺には関係ない。
そう言葉を出し、逃げようとした。
自分はずっと自分の命が一番大切なものと考えていたし、前からマオが自分の進む道の足手まといになるのなら容赦なくおいていくつもりであった。
そのつもりだったのだ。
だったのだ。
いまだって、院長に任して自分は逃げればいいのだ。
なのにそれができない。
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
よくわからない。
それともまだ思い出していない記憶があるのだろうか。
それがマオと何か関係があるのだろうか。
わからない。
自分がやろうとしていることは逃げずに、この場にとどまるということだった。それは自分にとって危険なのは当然わかっている。しかし、自分はここにのこってなにをしようとしているのか
考えている暇はない。
いまは目の前のことに集中するんだ。
自分に言い聞かせる。
じっと状況を確認する。
マオの顔はどこか遠くを見ている。その瞳は吸い込まれるような力を秘めている。マオはその瞳をどこか遠くを見ている。とてもこれから狂いだすということは考えられないが、初めてあったときもこのような目をしていた気がする。
目に見える変化が来た。
マオの両肩が引きつるように跳ね上がる。まるで目に見えない糸で操られている人形のようである。マオはだらんと頭と手を前にたらす。そのため表情は見えなくなった。
が、ゆっくりとその顔を上げる。
その目は赤い光が灯っていた。
マオの視線はベルのほうを向いていた。いや、正確にはベルの少し左のほう、つまり左手の方を見ている。マオは感情が高まれば狂ってしまうらしいが、例の事件のせいで血に異様な執着を持っているのだ。
すでに左手は院長との戦闘のために止血部分からいくらか血が漏れていて、この白い廊下に一つ二つとしずくをたらし、色を追加している。
それをベルが意識する。一瞬手前に
ベルは壁に叩きつけられる。
反射的に意思で体を強化して防御したが、脳がくらくらと揺れる。胸に衝撃をうけ、息がつまる。
マオが掌底を叩き込んだのだ。
「あ、あ、あぁぁぁぁ!」
マオがのけぞり、叫ぶ。
前に狂ったときと大違いだった。
内心、ベルはマオの狂いというのにたいしたことはないものだと思っていた。前に戦ったときも、かなり強かったが、対抗できないものではなかった。例えば、ある程度の意思が使える人間が数人いれば、捕らえることはできるだろう。さらにいえば、あの時は体がぼろぼろであり、意思も体力もつきた状態だった。そうでなければ、おそらく一人でもいい勝負にはなっていただろう。
しかし、今回のはそれと比べ物にならないほど強い。
まるで対抗できない。
「おい、大丈夫か」
「お前に心配されるような……」
なんとか、倒れることは避けることができたが、左手の痛みがひどい。頭を振って意識を何とか覚醒させる。
「どういうことだ。この前に狂ったときとは比べ物にならないぞ?」
「……あの時は君に対して何も意思が働かなかったからだろう、ただ血だけに反応してくるっている。いまは違う」
院長はマオから目を離さずいう。
「マオは君を狙っている」
そんなことはいわれなくてもわかっている。
彼はこころの中で毒づく
「それを利用してマオを捕縛する」
「二人でか?」
「逃げてもかまわないけど、一人では間違いなくマオにやられる」
それはその通りだった。
「とりあえず、今は手を組む」
銃を右手に構える。
「俺がお前を銃で援護する」
「私には当てないでくれよ」
そう苦笑して、院長は飛び出した。
しかし、マオは後ろに飛びのく、警戒しているんだろう。
「おいで」
今度は院長がじりじりと距離を詰める。
マオは今度は下がらずにその場で構える。
お互いは視線を外さず、相手の出方をうかがっているようだ。
最初に手を出したのはマオだった。
恐ろしく早い突き、それは喉をねらったものである。だが、それは院長がわずかに拳でいなす。
勢いがあさっての方向にそらされたマオの体がおよぐ、そのがら空きのわき腹に院長が拳を叩き込もうとしているのが見えた。
だが、それはベルにとって突如わからなくなった。
たしかに、マオが苦しい体勢から拳を繰り出したのが見え、そして院長が防御したのが見えた。
判ったことは、院長が彼の方に吹っ飛んできたということだ。
一瞬、遅れて理解する。
常識外のパワーによる攻撃だった。
意思がうまく使える人間と、そして意思がうまく使えない人間の間にはこれが起こる。つまり、力の差がありすぎて、子供と大人の喧嘩になってしまうのだ。しかし、院長はベルの見立てでも、今まで意思をうまく使える人間の中ではかなりのレベルであるとおもっていたのだ。それが子供扱いされているという現実。
院長と入れ替わるようにしてベルが攻撃に移る。
接近しながら、銃を数発撃つがどれもかわされる。
そして、マオがすべるようにして距離を詰めてくる。
ベルはそれに逃げず構える。
マオの攻撃ははっきり言えば単調である。その攻撃攻撃はほとんど単発であり、コンビネーションもない。
それは予想しやすいし、防御しやすいという意味である。
しかし、そのかわりにおそろしく早く、また重い攻撃なのである。
おそらく、防御してもダメージは減らない。
だから、かわす。
ビュン
すぐ目の前を高速の蹴りがかすめる。一歩、頭を後ろに下げるのが遅く、まともにうければ致命傷である。
さらに、マオはその高く上がった足を重力に従い叩きおろす。かかと落としである。それを、思い切って体勢を低くし前に接近して、インパクトをずらして、受け止める。
攻撃と言うのはまともに当たらなければ、いくら威力が高くても、ダメージにならない、いまのはかかとが当たる前にマオの足の関節部分で止めたのである。
そして、片足一本で立っているマオを押しもどそうと―――
「くっ」
できない
マオはそのまま、押しつぶすかのようにその足に力を込める。
ベルがもともと低く、無理な体勢であったということもあり。そのまま、すこしづづ力に負け、ひざをつかされる。
奥の手。
それを使う。
「あぁぁぁ!」
ベルは叫ぶ。
本来、意思で肉体を補助すると反作用を発する。だが、それを無視して本来反作用のにまわすべき意思を肉体の補助に回す。
「がぁぁぁ!」
ベルの耳には確かに、体から異音が発するのをとらえた。
負荷に耐え切れず筋繊維が千切れていく、間接は悲鳴をあげ、痛みを発する。そしてすぐに、気絶してしまう。本来ならばである。
力負けしていたのが、拮抗状態に移り、そして、マオの力を圧倒する。
そして、マオを投げ飛ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ」
両腕と足の筋繊維があちこちちぎれ、そして、内出血が発生する。
反作用を肉体補助に回すだけならば誰にでもできる。
しかし、ベルはそのダメージを一瞬に緩和する。
神経が痛みを脳に伝えるのをブロックし、なおかつ、反作用のダメージを切れた筋繊維や血管などを意思の物質化を利用して繫ぎ直す。切れた部分に意思で埋めるということをするのだ。それらのことを自分の肉体を補助しながら、同時に行う。それは肉体への反作用を消す方法よりも、効率が良かった。もっとも、これには人間の肉体への知識、そして意思の物質化が熟練していなければならない。
ベルはこの技をバーストと呼んでいた。
そして、このバーストは自分の肉体を犠牲にする覚悟がなければならない。。
左手は傷だらけでまったく動かなかったが、いつの間にか動くようになっていた。どうやら無意識のうちに傷を埋めたらしい。
マオは投げ飛ばされただが、即座に飛び起き、そしてはねるように飛び掛ってくる。
それをぎりぎりまで引き付けて銃を撃つ。
直撃し、そして吹き飛びマオはごろごろと回転する。
一瞬、ベルは倒したか、と思ったが、やはりすぐにマオは立ち上がる。
マオはぼうっとした双眸を彼へ向ける。
その目に魅入られた。
次の瞬間。
マオの姿が掻き消えた。
それと同時に不安感。
「右!」
院長の叫び、しかし、そのほとんどは聞こえていない。
そのころにはベルは病院のガラスを突き破り外へ飛び出していた。マオの蹴りがベルの体を捕らえていたのだ。
そのまま雪の中に飛び込んだ。雪がクッションになり地面との激突だけはまぬがれることができた。
ベルのバースト状態は長く続けることができない、連続使用では一分ももたない。体の反作用を長いこと受けていたら、意思の消費量が大きいのだ。よって、一瞬の短い間しかその技は使えないものだった。
頭に鋭い痛み。
雪に赤い色を落とす。どうやら頭から出血しているようだ。
頭に触れる、すると生ぬるく、そしてぬれた感覚。
出血を意思の物質化により止める。
「あぁぁぁ!」
マオが叫びがあたりにひびく。
どうやら、マオは攻撃に反応して、より強い攻撃を繰り出しているようだ。
マオが飛び出してくる。追撃をかけようというのか。
しかし、外に飛び出したマオに院長が捕まえようと両手を振り上げる。
しかし、あっさりとかわされ、ベルと同じように雪の中に叩き込まれる。
「くそ!」
ベルが毒づき、そして立ち上がり、マオの死角から蹴りを放つ。
あっさりとガードされるが、攻撃の手を休めない。
さらに相手のこめかみ部分をねらって、銃のグリップで殴りつけるが、それもかわされる。そして、中段、下段と蹴りを放つが、それもやすやすと止められる。
そして攻撃が止まり、マオが反撃に移る。
ベルの目には今度は見えた。
マオの恐ろしく、早く、そして鋭い掌底が迫る。
見えていたが、それは避けられない、ベルはガードする。
ガン
大きく吹っ飛び、木にぶつかって止まる、そのベルの上に雪が落ちる。
頭はぱっくりと割れて、血があふれ出す。
「もう、やめてくれ!」
院長が叫ぶ。
「マオ、お前は他人に暴力を振るうような奴じゃないだろう!」
マオは無言で答えない。
その隙に血を止める。
もう、ほとんど意思が使えなくなっている。
あと、数秒間のバーストが限界である。
マオはベルのほうを向く、ベルの出血に反応したのだろう。
マオは駆ける、それはすばやく、常人にはまさに目にもとまらないスピード。
ベルはバーストをする。
マオの動きがひどく緩慢なものになった気がする。しかし、それは錯覚である。それは反射神経の補助、脳内の運動系をつかさどる部分の補助、そして視神経の補助が引き起こしたものだ。
ゆっくりとした拳がベルへと迫る。
マオの拳を捕まえる。
「答える気がないのか、それとも答えることができないのか、どちらか知らんが、一つ聞きたいことがある」
マオの瞳を覗き込む、やはりそこには意思の光は見えない。ただどこか遠くを黒い瞳が眺めているだけだ。
「なぜ手加減する」
「……」
ベルはバーストはすでに解いていた、もう限界だったからだ。それにもかかわらず、マオはそれ以上の力を加えてこない。
「お前全力をだしていないな、なぜだ?」
「……」
マオの目は何も映っていない、そう思っていた。
だが―――
「お前―――」
「あぁぁぁ!」
マオは叫び、そして手を振り払った。そして、大きく飛びのく。
それきり、マオは山を振り返らず、山の森へ走り去っていった。
ベルたちはそのままそこに立ち尽くしていた。
|
|
次
前 ぎゃらりーに戻る TOPに戻る
ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「約束の名の下に」に投票
「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、
投票してください。(月1回)
ご意見はここへ