約束の名の下にK


   ぎゃらりーに戻る 
 TOPに戻る 

 

 

 

 

 

 
 高める。
 ひたすら高める。
 自分の内側にあるものを。
 しかし、抑えることも忘れない。
 それをただ繰り返す。
 感情を操作する。
 マオは慎重にそれを行う。
「あぁぁぁ」
 声を出す。そうした方が意思が高まる。
 しかし、高めすぎることは自分が狂ってしまう可能性があるので。ぎりぎりのところまで高めるのだ。
 触れる。その冷たい格子に。
 そして、曲げる。
 本来なら、普通の意思が使える程度の人間ではとても鉄製の格子を曲げることなどできはしない。
 しかし―――
 ギィ、ギィィィ
「あぁぁぁ!」
 鉄製の格子が悲鳴を上げ、ゆっくりとその隙間を広げていく。
 ここから出るために。
 出ようと思えば、いつでも出られたはずだった。
 しかし、出ようと本気で思わない限り、出られない。中途半端な意思では出ることはできないからだ。
 自分は危険な存在ということを知っていたし、あのころは本当に何もかもがどうでも良くなっていたからだ。
 しかし、今は必死に出たいと思っている。
 ベルが危ない。
 だから助ける。
 彼にはベルを殺さないかもしれないが、自分と同じように閉じ込めてしまうだろう。ベルだけでもこの施設から助けてあげたかった。
 そして、助けてあげた後、また自分はこの牢獄に戻るつもりだ。
 自分は危険なのだから。


「もう、あきらめてくれないか? 私は君をこれ以上は傷つけたくない、君がまた牢獄に戻るといってくれれば万事収まるんだが」
「なぜ俺を拘束しようとするんだ?」
「……君が失った記憶に関係するんだ」
「この銃もなにか関係しているのか?」
 院長の目が見開かれる。
「いつの間に盗ったんだ?」
「お前がさっき接近したときだ」
 意思の銃を構える。
 やはり感じる違和感。
 それを無視して引き金をひく。
 銃弾が発射され目的へ向かって飛ぶ。
 だが
「!」
 ガン
 素手で銃弾を叩き落された。
 確かに、疲労がたまっていて威力は多少は衰えてはいるだろう。しかし、それを素手で叩き落とされるとは思っていなかった。
「全ての面で私は君を上回っているんだよ」
「だったら、俺なんか危険のうちに入らないんじゃないか?」
「……」
彼は何かを思い出すような目。つまりどこか遠くを見る。
「一つ、昔話をしようか」
「一体なんのつもりだ?」
 院長は少し笑いつついう。
「ある女性は新しい意思の使い方について研究をしていた。彼女は日夜、研究に研究を重ね、ある成果を出した」
 院長を虚空を眺めつつ、遠い過去を見ているかのような表情だ。
「それは、無の世界から意思を取り出すというものであった。時間も空間も存在しない異世界。そこから意思を取り出す。それは異世界であるので意思が距離を離れると弱くなるということも関係ない、そんな技術」
「それがどうした」
 ベルの言葉を無視して話は続く。
「そして、それは実際に行われた。しかし、意思には反作用というものが発生する。どうんなことをしようとしても、それとは逆の力が働くんだ。この場合、反作用によって意思は元の世界に戻ろうとする力が働くんだ」
「……」
 どこかで聞いた話である。
 しかし、思いだせない
「だから、その異世界を封じる必要があった。元の世界に戻らないようにね」
 一体誰から聞いた話だっただろう。
「それがその銃なんだ」
 院長が銃を指さす。
「それには異世界の一部が閉じ込められている。だから、意思が逃げないんだよ」
 なぜか鼓動が高まる。
「しかし、その銃と同時にね。その銃の異世界の意思をうまく扱うために道具が生み出されたんだよ」
 院長は銃を指していた指を彼へ向ける。
「それが君だ」
 ドックン
 鼓動が確かに聞こえた。
 鼓動が高まっていく体中を駆け巡っていく。
 思い出したのだ。
 自分がどのように生まれたのかを。
「その顔では思い出したようだね」
 そして、
 いやな、
 こと、
 思い、
 出した。
 それは夢に出てくる彼女の話。
 忘れて、
いた、
 いや
意識の、
 底で
思い、
 出さない
ように
 していた。
「あの事件も思い出したのかい?」
 院長の言葉がどこか遠く聞こえる。
 頭に痛み、喉の奥がつぶれたような痛みが発する。
 思い出したのである。


 その日は冬の寒い日だった。
 雲は低く、重たく。こんなにもコンクリート色に染めている。
 雨は弱く、冷たく。こんなにも地面を濡らしている。
風は強く、激しく。こんなにも窓を激しく叩く。
 血は赤く、ぬるく。こんなにも部屋のなかを濡らしている。
 まるで夕焼けのように。
 焚き火の炎のように。
 この部屋は赤かった。
 広い研究室の中、一人の女性がのたうつ。
「あ、あぁぁっぁぁ」
 彼女の手が机の上にある書類や本が落とす。
意思の力が証明された。その力は過去には無かったものだった。それは人間の革新を表しているということをいう人もいた。
 しかし、彼女はこういっていた。
人間の革新ではない。
人はついに狂ってしまったのだ。
意思を使えるということは人間としての狂いの表れなのだ。
それが彼女、マオの母親―――リーゼ・ユストラッサの言葉だった。
いままでに夢に出てきた女性がマオの母親だったのだ。
意思を使える人間が狂うことがある。
意思を使うということは心を使うということである。物は使えば消耗する。それは心にもいえることなのだ。その負担が狂いになって現れる。意思がうまく使える人間ほどその狂いは現れる。
そして、意思がうまく使える人間は徐々に増え続けていることを考慮すればあながち人間が狂ってきているということは否定できないものだった。
皮肉にも、リーゼ・ユストラッサはその自説通りに狂ってしまったのだ。
そして、彼女はその狂いが破壊衝動になってあらわれたのだ。
すぐそばにいるのに自分には何もできない。
それがもどかしい。
すでに同じ研究者を彼女は手をかけている。彼らもかなり意思の使い手であったにもかかわらずだ。
リーゼの両手は真っ赤に染まっている。彼女はその手で自分のほほから首へと赤い模様を刻む。
―――まるで、赤い涙を流すがごとく。
その血はほとんど自分のではない。そこに転がっている他の研究者たちのものだった。
彼女はゆっくりと赤い足跡を床に残しながら歩く。
その歩みが止まる。
やめろぉぉぉ!
 叫ぶ、自分の声が届かないことは知っているのに。
 リーゼの目の前には一人の少女がいた。
 マオだ。
 マオは牢獄の中にいた。
しかし―――
ギィ、ギィィィ
格子は無理やりにに曲げられ、人が一人通れるようになった。
リーゼはゆっくりとその奥へ、
マオは逃げる。しかし、狭い牢獄の中だ逃げ道はない。
 そのてがマオに伸びる。
 ビシャ
 血、飛び散りて、壁に絵を描く。
 グシャ
 肉、飛び散りて、軌跡を描く。
 マオのその体はぼろぼろで右足が不自然に曲がっている。
 渇いている、リーゼは渇きを覚えているのだ。
 だが、いくら潤してもたりない。
 砂漠の雨のように。夏のアイスクリームのように。
 いくらやっても足りない。
 彼女は渇いているのだ。
 マオは後ずさる。
「お、お母さんやめて……」
 が、壁はすぐ後ろだ。
 やめろ。
 赤い手がマオの首へと絡みつく。
 やめろ。
「く、苦しい」
 マオはあがく、その手は外れない。
「た、助けて」
 しかし、母親の手はますますしまる。
 やめろ。
「あ、あぁぁぁ」
 マオの抵抗はやがて弱まっていく。
 いままで、母親の手をはずそうとしていた手がだらんと垂れ下がる。
 何がが切れた。
やめろぉぉぉ!
 銃口から光が漏れる。
 光がリーゼに突き刺さる。
 血が噴出す。
 彼女は口から血をこぼす。
 マオを落として、数歩たたらふむ。
 そして―――
 ゆっくりとこちらを向く。
 彼女は微笑んだ―――気がしたというのは思い込みだろうか?
 彼女は倒れた。
 血溜まりはゆっくりと広がっていく。
 それはこの部屋に赤を一つプラスした。
 渇きは癒されたのだ。

 
 

 

   ぎゃらりーに戻る  TOPに戻る

 

投票ボタン

約束の名の下に」が面白いと思った方はよろしかったら投票してください。
wandering networkに参加しています

ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「約束の名の下に」に投票

「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、
投票してください。(月1回)

 ご意見はここ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送