約束の名の下にI


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 衝撃音が病院内をゆらす。
 マオは不安になった。
 いまこの病院内になにかが起こっているのだ。
 一体何が起こっているのだろう。
「なにかあったんじゃないんですか?」
 彼は何も答えない。
 ねずみには何も答えないつもりなのだろうか。
 寒い。
 両手で体を抱きしめる。
 そうすれば、少しは暖かくなるし、この寂しさを紛らわすことができるような気がしたからだ。
 それでも、この不安感はのぞけない。
 ベルと出会う前の自分はこんなではなかった。
 何がおきても動じなかったし、これほど孤独も感じなかった。
 長い間、何もせずにボーっとしていただけだ。
 折り紙をしたのだって久しぶりだった。
 理由は簡単。
 なにか考えれば、自分が狂ってしまいそうだったからだ。
 狭い牢獄の中、時の流れに身を任せるままの生活。
 何も考えれば、苦しいことはなにもないのだ。
 でも、もう無理だった。
 一度、思い出してしまったら、もう無理。
 暖かぬくもりを感じてしまったのだ。
 堰を切るととめどなくあふれてくるのだ。
 それでも、決してそのことに後悔だけはしない。
 すれば、そのことに対して冒涜になる。
 だから、しない、絶対に。
 ガタン
 物音
 扉が開く音だ。
 人が入ってくる。
 時が延びていく。
 理解できない。
 しかし、ゆっくり認識してくる。
 まるで、水に筆先から絵の具を溶かすかのように、ゆっくり広がっていく。
 最初はほとんど色はかわらない。
 しかし、時がたつにつれ筆先から色がにじみ出る。
 何色かはわからない。
 しかし、明るい色である。
 そして、暖かい色である。
 それだけは確かである。
 それが心に広がる。
 鋭い目つき。
 赤い髪。
 そして、いまは黒のコートを羽織っている。
「……ベ、ル?」
 目の前の現実が信じられない。
 ベルがドアの前に立っていた。


 扉の向こうには牢獄があった。
 牢獄の中にマオがいた。
 そして、その隣に医者らしき、白衣をまとった人間がいる。
「院長はお前だったのか?」
「そう、だな」
「話がある」
 その男は年は四十にかかるぐらいだろう。しかし、体は引き締まったている。ぼさぼさの髪に無精ひげ、口元にはどこか笑みをたたえていた。どこかそれは人の良さを感じるほどであった。
 しかし、よくよく見れば、機関車で銃を持った連中と一緒にいた人物であった。あの時は顔をじっくりみるひまがなかった。
「なぜ、俺を追う? 前にあったときは、俺が危害を加えなかったら施設からも攻撃をしかけないという話だったが」
「……君は危害を加えない、といったが、それは意味がないことだったんだよ。君は我々の害になる、という可能性はあったのだよ。あの時は君ら二人を同時に捕らえることができなかったからね。危険なほうを優先させてもらった」
 その物言いには何か含むところがある。
「……俺は危害を加えるつもりはないのにか?」
「現に君はこの施設にやってきた」
「それはお前らが、俺に攻撃を仕掛けてきたからだ」
 話がまるでかみ合わない。この医者は何がいいたいのか。
「……やはり君は記憶を失っているのかい?」
「……それがどうした」
 白衣の男はあごに手を当てる。
「……では君はここに何しに来たんだい?」
「……お前たちに俺に危害を加えないようにするためだ」
 その男は少し驚いた顔をした。
「それはできない―――もっとも君はもう一度、我々の管理下に入るというなら、我々も君にそれ以上危害は加えない」
「なら、戦うまでだ」
 ベルの言葉に男は口元に笑みを浮かべる。
「君はこの子の事をどう思っているんだい?」
「?」
 その質問の意味がわからなかった。
「君は自分のことばかりだ。この子のことはどうでもいいのかい?」
「なぜそんなことを?」
 その男はやはり口元に笑みをたたえたままである。
 視線を感じた。
 マオが彼のほうを向いていた。この部屋に入って初めて目が合った。


 マオは耳をふさがなかった。
 ベルはマオから目をそらししばらく、間をとった。
「どうなんだい?」
 院長は聞く。
「俺は自分のために生きる」
「つまり、どうでもいいと」
「……自分の不利益にならない限り、な」
 ああ、やっぱり。
 マオはその答えに納得した。
 それは予想がついた答えだった。
 短い付き合いながら、彼の行動はそういった節があった。だから予想はしていたのだ。
 彼は自分を助けたりしない。
 彼はそういう人だ。
 自分が助かりたい、とかそういうことではない。
 ただ、彼にとって自分の存在なんてその程度のものなのだ。
 予想ができた答え、だから悲しかったり、失望したりということはない。
 そういうことないようにした。
 そういうように思い、心を守ったつもりだった。
 あらかじめ、そう思っていれば、心を守れる。
 でも
 守りきれなかった。
 もしかしたらという気がしたからだ。
 彼がときより見せる優しさ、それに期待していたのだ。
 涙をこぼすほどではない。
 しかし、痛みをともなった。
 狂いはしなかった。
 けど痛い。


「君は人を殺せないんだろう。これから君とは殺し合いをするつもりだ。それでも戦うつもりかい?」
 ベルはうなずく。
 その男はため息をつく。
「君はここに何しに来たんだい? そこに意味があるのかい?」
「……」
 今いるのは、マオの監獄があった部屋ではない。外に出たのだ。
 あそこでは行動が制限されるしし、血が出れば、マオを刺激してしまう、後者を気にしたのは院長のほうだが。
 白く、そして広い廊下で勝負をつける。
「そういえば、ここの患者や他の研究員はいないのか」
「……ここはもう、病院としてやっているわけじゃないから患者はいない、正式な研究員はもう自分くらいだね、もっともアシスタントぐらいはいるけどね」
 院長はネクタイをゆるめつついう。
「で、君はこちらの質問に答えていないのだが……君とはなんども、うちの施設の人間と争ったが、死人がでたことは一度もない」
 ベルは警棒を取り出して構える。
「いくら、君が僕を痛めつけたって、君への追ってを止めるつもりはない。これでは戦っても無駄なんだよ。君にとってはね」
「では、お前を殺すまでだ」
「できないね。君には」
 なにか含みがある言い方。
「お前、俺のことを、なにか知ってるのか?」
「それは、君の失った記憶のことかい? 確かに知っている―――そうだ、君が私を倒したら、君の失った記憶のことを話してあげよう」
「そんなことには興味は―――ない!」
 会話の途中で攻撃を仕掛ける。それはいつもの手段だった。
 意思で全力で体の動きを補助する。
 そして警棒を顔面の辺りを狙って攻撃を仕掛ける。
 院長を彼の手首を巧みにつかんで、そのままベルを投げ飛ばす。
 ベルは床に叩きつけられる。
 背中を強く叩きつけられ、一瞬息がつまる。それと同時に左手からしびれるようないたみが発する。ナイフで傷ついた腕が衝撃により、一時は止血したのだが、いまはそこから血がにじんでいた。
「君は意思に頼りすぎている。君はとても意思が強い、そして身体能力も高い。だから強い。だが、私のようにある程度の意思が使える人間相手では、その格闘能力がものをいう。残念だが君は、格闘に関しては素人だ」
 知るか
 即座に叫び返そうとしたが、ダメージでそれもままならない。
 ゆっくり立ち上がる。
「君には殺せない。だれもね」
「し、る、か」
 声を搾り出す。
 院長は悲しそうな顔になる。
「そうだね。君は知らないんだね。正確にいうと、覚えていないんだね」
 どうやら、院長にはベルの忘れた記憶について、なにか知っているのだろう。
 しかし、それはベルにとってどうでもいいことだ。
「がぁぁあ!」
 叫びつつ、相手の下半身を狙った蹴りを放つ、それはけん制である。
 相手はわずかに後ろ下がりその蹴りの範囲外へ下がる。
 さらに、今度は右ひじを相手のみぞおちに叩き込み―――
 これも防御される。
 今度は相手を右腕のみで襟元をつかみ、力で投げ飛ばす。
 しかし、相手は床に叩きつけられてもすぐに一動作で立ち上がる。
「私はいまのを受身をとって、ダメージを軽減した。だがそれは君にはできないものだ。これだけでも十分、力の差が―――」
「うるさい」
 言葉をさえぎっていう。
 院長は肩をすくめる
「もう一ついうなら、君は左腕に怪我をしている。はっきり言って君に勝ち目はない」
 そして彼は長めのナイフ―――それは剣ともいえる―――を抜き放つ。
 それは病院内の光を反射し、まがまがしい光を放つ。
「院長がそんな物騒なもの持っているのか?」
「……そもそも、私は院長というより、研究者としてここにいるんだよ」
 攻撃は先手である方がいい、なおかつ奇襲や、フェイントであるほうがいい。
 攻撃を仕掛ける。
 ベルは警棒を走りながら横なぎにたたきつける。
 ギン
 金属と金属がはじける音。
 あいてはナイフでその攻撃を止めたのである。
 しばらく、力と力が拮抗する。
「やはり、力は強い」
「だまれ!」
 叫び、そして腕の力を抜く。
 当然、突然力を抜かれたために、相手の体が泳ぐ
 ベルはそのままタックルをしかけて吹き飛ばす。
「ぐっ」
 そして、みぞおちに警棒をつきさ―――
 ドゴ
 衝撃と同時に視界が真っ暗になる。
 次に痛み。
 わき腹の辺りをナイフで切られたのだ。
「君の着込んでいるのは対刃服だね。だから切れ味だけは吸収するが、衝撃だけはそのまま伝わる」
 わき腹に鋭い痛み、骨にひびが入ったのだろう。
 せきこみながらも、ベルは距離をとる。
「今の攻撃は手加減した。本当なら、対刃服ごと君の内臓を切り裂くこともできた」
 彼はそういって、ベルに一歩一歩近づいていった。
「もう、勝負はついた」

 
 

 

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