約束の名の下にH


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 月がかろうじて出ていた。
 狭い明り取りからそれが見える。
 月から上の世界を天上界、月から下の世界は月下界。そして天上界は完全な世界、月下界は不完全な、混沌とした世界なのだ。そして、この月下界では完全な世界になろうとする力が働いている。だからこの世界は変化に富んでいるのだ。
 風、水、炎、そして土。それぞれは決して交じり合うことはないが、それらは混沌を意味し、そして変化を続けるものである。
 この話が好きだった。
 死んだ母親が良く話してくれた話である。
 あのときにはまだ自分も自由であった。
 しかし、今はそれがない。
 折り紙を取り出す。
 この折り紙も母親が教えてくれたものだった。
 母親は血みどろの中で死んでいたのを覚えている。それ以来だった。血を見るとおかしくなってしまうのは。
 誰が殺したかのかはわかっていない。
 それも過ぎたことだったが、いまだに血を見るとトラウマが騒ぐのだ。あのときのことを思い出してしまうのだ。
「?」
 なにかが耳に入る。
 あわただしい物音が聞こえる。
 なにかあったのだろうか。
 明り取りから外をのぞくが、狭いせいでよくわからない。
「なにかあったんですか?」
「あ、うん。なんでもない」
 彼がそう答える。
「……そうですか」
 しかし、なにやら走り回る音がする。
 この病院は大きさの割にはそれほど患者がいない。
 昔はいたらしいが。ここの病院は意思の疾患を治すところであったのだが、いまは研究が重点に置かれているらしい。
 自分のようなものは患者とはいえないのかもしれない。
 治し方は一つ。
 時間のみである。
 だからこのように監獄の中でひたすら時を刻んでいるのだ。
 これが治療といえるのだろうか。
 ときどき、彼が治療のためにといってなにかをさせる。
 まるで自分はねずみの様である。
 実験用ねずみである。
 寒い中、ねずみは震えている。
 寒さと孤独に震えているのだ。
 ぬくもりを求めているのだ。
 
 
 ガラスが砕け、床に散る。
 ゴムの銃弾が突き刺さったからだ。
 大きな音が出たが、いまさら気にするような状況でもない。
 そして、窓にまだ残っているガラス部分を蹴って、通りやすくする。
 窓をまたぎ、病院内に侵入する。
 靴の下でこなごなになったガラスが音を立てる。
「さてと……」
 闇雲に歩き回っていても、敵に発見される恐れがあるし、かといって、なにかあてがあるわけでもない。
 目的の場所はここの責任者、つまり院長がいる場所である。
 こういう場合は相手の立場に立てばいい。
 もし、自分が狙われていたら、どこに隠れるか。
 一番、防御が強固な場所―――C棟である。
 ここには精神傷害の患者を扱う場所だ。そして傷害の具合により、軽傷なA棟、重傷なB棟、そして傷害により、再起不能者を扱うC棟である。
 そして、再起不能者は危険な意思を持った人間が多い。そこでそういった人間を閉じ込めておくのだ。
 そしてそのC棟は強固なつくりになっているし、そして警備の人間も多いだろう。そこにいる可能性が高い。
 狙うはここの院長である。
 おそらく、マオもそこにとらわれているだろう。
「……?」
 ふと気づく。
 ここの構造についての記憶がある。つまりそれは記憶がよみがえってきていることを意味している。
 ここで、逃げ出すときは、ここの構造などまったく思い出せなかった。
 そういえば、病院の庭を見たときも、自分が庭を出たことがないなどの記憶があったのだ。
 記憶がよみがえってきている。
 もっともまだ全部ではない。自分の遠い過去などはいまだ思い出せない。しかし、そのうち思い出せるかもしれない。
 もっとも、思い出せても思い出せなくてもベルにとっては、どちらでもかまわないことである。
 病院であるなら、どこかに道順が書いてあるかもしれないし、玄関のほうに行けば、病院内の地図もあるはずである。
 ふと気づく。
 人がいないのだ。
 もともと、精神傷害になるような人間は意思を強く使える人間に限られる。そんな人間の絶対するは少ない。しかし、これほど人がいないというのはおかしい。
 それに患者だけではない医者もいない。
 もっとも医者のほうは、患者がいなければいないのは当たり前なのかもしれない。
 避難させたのだろうか。
 近くの部屋を覗き込む。
 やはりそこには人がいなかった。
 中はなにかのロッカーがところせましと並んでいる。
 次の部屋を覗き込む。やはりそこにも人がいない。
 ベルは不思議に思ったが、とりあえず何がおきても反応できるように心構えだけはしておく。
 いまいるのは玄関の辺りであり、どうやらA棟、B棟、C棟にすぐいけるようになっている。ベルは迷わずそのC棟への道を選ぶ。
 と
「いたぞ!」
「こっちだ!」
 前後から警備の人間が襲ってくる。
 あわてて近くの部屋に入る。
 そこは本棚がたくさんある場所だった。
 最初に思いついたのは図書館という言葉だったが、どちらかといえば、資料室といったイメージの方が近い。しかも、かなりの広さがある。
 あわてて、奥の方に隠れる。
 警備の人間が部屋に入ってくる。その人数は十人以上いるだろう。
 状況はかなり悪い。
 ここでは本棚があってうまく逃げ回ることができない。本棚と本棚の間は人が二人程度行き来するほどしかできないのだ。
 そしてこの部屋の出口はひとつしかない、しいて言うなら窓がある。窓から逃げるとしてもいまいるのは窓とは逆の側の本棚に隠れている。
 冷静になれ。
 その言葉が頭の中ではじけた。
 その言葉も夢の女性がいっていた気がする。
 状況を冷静に分析するのだ。
 自分にいい聞かせる。
 確かに状況は一見して自分に不利なものだ。しかし、不利の中でも自分にとって有利なものをなにか見つけ出し、そしてそれを最大限に利用する。それが最悪の状況であっても、そのことができれば、最悪の状況ではなくなるのだ。
 本棚はいくつも並んでいて、その間は狭い。
 ベルは一つの本棚に手をかける。
 倒れろぉぉぉ
 心の中で叫ぶ。
 本棚がみしみしという音を立てる。もち手に本棚が食い込む、
 ゆっくりとそれが持ち上がり、そして倒れる。
 しかし、それだけでは終わらない。
 本棚が倒れた方向には本棚があり、ドミノ倒しの要領で次々と連鎖的に倒れていく。
 警備員が騒ぎ出す。
 ベルはその間に他の本棚を倒す。
「に、逃げろ!」
 誰かが叫ぶ。
 その声をきっかけに、あるいは出口へ駆け込み、あるいは本棚が倒れてこない隙間に移動したりする。
 それが狙いだった。
 銃を撃つ。
 それは狙いたがわず、警備員に直撃する。
 つぎつぎとベルは銃を撃つ。
 やがて、そのドミノが止まる。
 そのころには警備は銃で撃たれて気絶したものが何人かが横たわっている。
 本棚の下にはさまれている警備員はいないようだ。倒れるスピードは遅いものだし、なにより、向こうから、本棚がドミノのように倒れてきたら、すぐに気づいてかわそうとするだろう。
 そして本棚が全て倒れると、恐る恐る、警備が部屋に入ってくる。
「うぁ!」
 そのころには、ベルは出口付近の本棚の影に隠れており、そして、監視の一気に目のま
に飛び出す。
 近距離で撃つ。
 そいつが腹を撃たれ、前のめりで倒れる。
 残りは出口のすぐ外のところに四人である。
 そのうち二人がボウガンを構えている。
 危険
 その言葉が頭に浮かぶ前に反射的に両手の銃で、ガードする。
 二つの矢が銃にぶつかってはじける。
 背中に冷たいものが駆ける。
 そして、間を置かず残りの二人がなにやら、大振りのナイフのようなものを構えて風のように距離を詰めてくる。
 ギャ、ギャン
 その二つを銃で防ぐ。
 力が強い。
 相手の力に逆らわず飛んで後退する。
 どうやら意思の強い人間のようだ。
「意思の使えるようだな!」
 話しかけつつ、銃を撃つ。
 しかし、予想済みだったのか簡単にかわされる。
 一人ずつ潰す。
 全力で。
 ドン
 これは地面を蹴った音。
 一瞬で大振りのナイフをもった警備員に距離を詰める。
 あわてて、相手はナイフを振り下ろ―――
「遅い!」
 左手の銃でナイフを防御し、ゼロ距離で銃を撃つ。
 白目を向いて倒れる。
 瞬間
「!」
 ベルはその音を聞き逃さなかった。
 背後からのボウガンを銃で叩き落す。
 ボウガンを持った警備員が驚愕の表情を浮かべる。
 まさか、背後から撃たれて防御されるとは思わなかったのだろう。しかし、ベルの耳にはボウガンが発射される音が聞こえていた。
 そして、銃を撃ってその二人を倒す。
 残りは一人である。
 こいつが強い。
 先ほど、ナイフを止めたとき、異様な力を感じた。
 一筋縄ではいかない。
 じゃあ、この手を使うか。
 そう決めて、両手の銃を投げる。
 まさか、いままで使っていた銃を投げてくるとは思わなかったのだろう、あわててかわす。
 実はもうゴム弾を撃ちつくしているのだ。
 そして距離を詰める。
 銃は地面とぶつかり―――
 次の瞬間。
 銃が爆発を起こす。
 銃身に衝撃性発火タイプの玉を仕込んでおいたのだ。
 その爆発により相手に生まれる一瞬の隙。それを使い距離を詰める。
 敵も爆煙を突っ切って飛び出してくる。
 大振りなナイフが彼の首を狙って伸びる。
 しかし、それは目標と違った部分に突き刺さる。
 対刃服を貫いてベルの防御した左うでに突き刺さる。
 そのころにはベル右の拳が相手のみぞおちに突き刺さる。
 軽く空に相手が浮かぶ。
 ま、だ、だ。
 空中の相手に蹴りを叩き込み壁のほうへ吹き飛ばす。
 さらに、相手を追うように飛んで相手の頭をつかみ相手の頭を壁に叩きつける。
 ドガン
 衝撃音が病院内に響き渡る。
 ゆるゆる
 ぬらぬら
 そんな音さえ立てて左手から血が出てくる。
「ぐっ」
 ナイフを抜き取る。
 痛みが走る。
 鮮血がベルの体を赤く染める。
 もう左腕は使えない。
 無理やりにそれを止血する。
 そして、立ち上がる。
 ベルはその部屋を後にした。

 
 

 

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