約束の名の下にG


   ぎゃらりーに戻る 
 TOPに戻る 

 

 

 

 

 

 
 触れる。
 するとまるで氷のように冷たい。
 棒状のそれは縦横に規則正しく伸びている。
 それは牢獄である。
 自分はまたここに戻ってきた。
 マオはこの場所が嫌いだった。
 白い壁、冷たい格子、どれもこれもが嫌い。
 それらのどれもが変化をしない。いつまでたっても白い壁はただ白く、何もかたりかけてこない。冷たい格子は無言のまま威圧してくる。
 しかし、自分はここにいなければならない。
 おそらく―――死ぬまで。
 それでも感情を高ぶらせてはならない。高めれば狂ってしまう。
 それは嫌だった。それは自分の中で嫌なことだった。感情的に嫌いだったのだ。
 自分が自分でなくなり、また自分のやりたいことをやってしまう。それがたとえ、わずかな恐怖や不安や恨みだとしても。
 昔は自分も外を自由に歩いていた。しかし、「あのこと」が原因で自分は狂ってしまったのだ。それ以来、血を見ると感情に歯止めがきかなくなる。
 あのこと―――自分の母親が殺されてしまったあの時からずっと、自分はここにとじこめられたままだった。
 折り紙を出す。
 折り紙は一人でできるだから好きなのである。思えば、誰かと折り紙をしたのはベルが初めてだった。
 紙飛行機を折った。
 それを飛ばす。偶然格子の隙間を通って外に出て行く。そして、ゆっくりと大きなカーブを描きつつ床に着地する。
 その様子を眺める。
 紙飛行は自由なのにそれを作った私は捉えられている。
 ベルはいま何をしているのだろうか。
 この外の国でどんなことをしているのだろうか。
 それは考えないようにしていることである。
 考えれば―――のどの奥が重く、痛くなり、まるで喉の奥になにかが詰まってしまって呼吸がうまくいかなくなる。
 つかの間の自由の間のベルとのひととき、それはどれをとっても思い出深いものであり、自分の中では大切なものだった。
 しかし、それと同時に、いやそれ以上のスピードでベルもどんどん自分の中で大きくなっていった。
 彼は最初、自分を怖がらなかった。
 それは大きかった。
 自分が狂うというものを持っているのに、自分に分け隔てなく扱ってくれた。怖がらなかったし、自分を悪く扱うことはなかった。普通に扱ってくれたのだ。
 他人がこんなことをしてくれたのは初めてだった。
 前にベルになぜ自分を恐れないのか、ということを聞いたら。
『お前、今狂っているのか?』
『今は大丈夫だけど……』
『じゃあ、問題ないだろう』
 彼はそういっていた。
 ベルは自分を町で利用するためといっていたが、彼には優しいところがある。トナカイの折り紙をあげたときも、自分が列車で連れ去られるときも、自分を気遣う言葉があったのだ。
 ベルともう一度会いたい。
 かなわぬ願いであることはわかっている。しかし、願わずにはいられない。
 ベルはここに来る理由もないし、それにこの国の外にいる。来るはずがない。そんなことは解かっている。
 それでも願ってしまう。
 ベルに会いたいと。

 
 夢だ。
 これは夢だと思った。
 理由は簡単、矛盾していた。
 どこがと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
 施設での一室に自分はいた。
「ごめんなさい」
 彼女は深々と頭を下げた。
 自分がどうしたんだ、と聞くと。
「あなたを閉じ込めている」
 彼女は顔をゆがませて、悲しそうにいう。
「あなたをうまくやる方法がわからないの」
「じゃあ、しょうがないだろ」
 彼女はまだ悲しい顔をしている。だから、それをさしたくない。
「少なくても俺は別に外に出たいなんて思ってない。そもそも外に出たことなんてないから。外に出たいとも思わない」 
 こちらの言葉に彼女はさらに表情をゆがませる。それを見たくなかった。
「ここにはあんたがいるしな」
「え?」
「この場所にはあんたがいるだろう。だからこの場所にいてもいいと思う」
 冗談気味にいう。しかし半分は冗談ではない。
 こういうことをいえば、彼女もまたふざけてくれる。彼女が笑みを取り戻す。それを知っていた―――しかし。
 彼女はまだ表情をゆがませたままだ。
「私、もしかしたらいなくなるかもしれない」
「え?」
 その言葉はいつまでも耳の中で反響していた。
 信じられなかった。
 こうやって格子越しであっても、牢獄に閉じ込められていても、彼女と話すときだけだ楽しかった。
 それがなくなってしまうなんて考えられない。
 夢だ。
 これは夢だ。
 昔の夢だ。
 そして―――悲しい夢だ。


 準備は全て整った。
 ベルは石畳の道を歩いていた。
 防寒のために黒の長いコートを着ていた。
 雪は降ってはいないのだが、この時期は雪が溶けることはなく、いつもいくらか雪が残っている。もちろん滑らないような処理された靴を履いている。
 暗くなり始めてくる時間帯であった。だが夜になっても大丈夫だ。辺りの街頭に明かりが灯るからだである。
 そこは国境だった。
 壁には馬車などでも通れるように、大きな造りになっている。ここから見れはその暑さは二メートル以上あるだろう。これは道具を使って穴を開けて通るようなことをさせないためだ。
 人通りはあまりない。この国はこの辺りでも寂れている方であり、だからこそ、この国までやってきたのだ。
 それだけ警備が手薄であるということだ。
 国を超えるためにはここを通るしかない。
「あのう……」
「なんだ?」
 国境警備兵が横柄に答える。
「あのですね。変なものが落ちていたんですよ」
「?」
 相手は怪訝な顔をする。
「落し物か? それだったら警察にとどけてくれないか」
「でも……」
 ポケットから丸いものを取り出す。
「これがですね―――」
それを地面に叩きつける。
 ボワッ
 その玉から白い煙が爆発的に生まれる。
「うわっ」
「な、なんだ!」
「きゃー!」
 辺りは怒声や悲鳴で騒然とする。
 この騒ぎですぐに他の国境警備兵が集ってくるだろう。
 その前に走り抜ける。
「貴様!」
 近くにいた―――おそらく声をかけた―――国境警備兵の彼を捕らえようとする。その手を避けつつこの場を駆け抜ける。
 煙幕を抜け、町を抜け、あっという間に山に入る。
 ここまでくれば追ってはこないだろう。
 そう思い、歩きに切り替える。体力と意思を温存する。これからそれらを酷使しなくてはならないからだ。
 施設についた。
 あの時は塀を飛び越えて逃げてきた。
 しかし、いまいるのは門である。
 辺りはもう暗くなっていたのだが、街灯があり、そこにはこう書かれていた。
「病院」
 建物に目が行く。
 白い、あまりの白い建物に吐き気を伴う。
 自分はこの白が一番嫌いであった。
 門のところにいる警備の人間が騒いでいる。おそらく彼の顔を知っているのだろう。しかし、まさか向こうからやってくるとは思っていなかっただろう。
 ベルはコートの内側からショットガンに形状が似ている銃を取り出す。
 ドン、ドン
 二発撃って二人とも倒す。銃といっても、硬質ゴム弾を打ち出す銃だ。これでも気絶させるのが関の山である。
 確かに本物の銃は規制されているがこういうものは金さえあれば手に入れることも可能である。
 閉まっている門を飛び越える。
 病院の建物の構図はある程度、頭の中にあった。逃げ回ったおかげである。
 すぐに騒ぎを聞きつけて警備が集ってくる。
 1対15、それが人数比である。
 警棒を振りかざして襲い掛かってくる。
 しかし、人数が多いといっても、たったまま一度の一人の人間へ攻撃できるのは限られている。
 しかし、倒されたら数によるリンチによりやられてしまう。よって攻撃をほとんど食らわないように戦うしかない。
 彼らは政府の人間ではない、そのため銃はもっていないのがせめてもの救いである。
 まず、頭の辺りをねらった警棒の攻撃をしゃがんでかわしつつ、銃を撃って倒す。
 後ろから、そして前からも警備の人間が迫る。もう一つコートの内側から銃を取り出し、右手と左手で銃を撃ち敵を片付ける。
 ふと、不安感が走る。反射的に横に飛ぶ。
「ぐっ」
 衝撃が走る。投げナイフがかすめたようだ。しかし切られたわけではない。対刃服を着込んでいるためだ。しかし、衝撃による痛みは防げない。
 しかし、痛がっている暇はない。次々と襲い掛かってくる。
 相手の警棒を銃でガードして、そのまま力のみで相手の体を吹き飛ばし、相手の体勢が崩れたところに銃弾を撃つ。
 右からの突進してくる警備を蹴って吹き飛ばす。
 その隙に後ろから羽交い絞めにされる。
「じゃまだぁぁぁ!」
 叫ぶ、声を出した方が意思が高まる。後ろの人間に頭をぶつけ、ひるんだ隙に相手を銃で相手を殴り飛ばす。
 その隙にナイフ構えた警備が突進してくる。それを後方に飛びつつ銃を撃ってしとめる。
 さらに距離をとろうとした。しかし、気づくとすぐ後ろに塀が迫っている。
 やばい
 一瞬にして、残りの警備が押し寄せる。
「おぉぉぉぉ!」
 絶叫する。そして、反射的に空へ逃れる。
「あああああ!」
 正面、右、左、あらゆる敵に空中で打ち分ける。
 一種、狂気にとらわれたかのように叫びながら銃をうつ。
 とにかく動くものに対して反射的に引き金を引き続ける。
 着地に失敗する。なぜなら彼自身でも恐ろしいほど高く飛んでいたからだ。
 あわてて体勢を立て直そうとする。
 ふと気づく、全ての警備員が倒れていることに。
「はぁはぁはぁ……」
 息を整える。
 いくつかうめき声が聞こえる。どうやら気絶していない人間もいるようだ。
 コートの内側から予備のゴム弾を装填する。
「……さてと」
 疲労も傷もほとんどない、出だしは好調といったところだろうか。
 今いるのは正門前の庭である。
 患者が退屈しないように、大きな庭になっている。もっともベルは庭にすら出たことはなく、ずっと閉じ込められていた。つまり、ほかの患者のためである。
 あたりには木々や、池、そして花々植えられている。春になればそれらを楽しむことができるのだが、いまはどれもこれも白くなっている。
 夜の闇の中で病院の白がまるで浮かび上がるように感じる。ベルにはそれが非常に不快に感じる。
 辺りをうかがいながら進む。
 病院という名前がついていても、けが人や病人を扱うような一般的な病院というわけではない、精神傷害、つまり意思による疾患を扱う場所である。
 しかし、それだけではない。そこでは意思の研究も行われている。
 マオもまたそこの患者だったわけだ。
 マオはいま何をしているのだろうか、やはり閉じ込められているのだろうか。
 自分にはどうでもいいことだが。
 少しずつ木々が開けてきて、白い病院が見えてくる。
 病院のほうはこの騒ぎに気づいてるはずだった。
 辺りに気を配りつつ、歩を進める。
 と
 ビュン
 風きり音が目の前を過ぎる。
 すぐに木の陰に隠れやり過ごす。
 見るとボウガンの矢が木に突き刺さっていた。
 人影に向かって銃を撃つが木々に阻まれて当たらない。
 さてどうするか。
 案を練る。
 そして、瞬時に行動に移す。
 飛び出し、丸い玉を投げる。国境で使った例の煙幕だ。
 それを木にねらって数発投げる。地面に投げると衝撃が雪で吸収されて、爆発しないかもしれないからだ。
 狙い通り、いくつも爆発がおこり、煙幕が発生する。あたりは暗かったが、それは辺りが真っ白になるほどだ。
 それと同時にその場を走りぬける。敵が煙幕で攻撃できない隙に先を急ぐ。
 体の調子が良かった。
 自分の限界を感じない。
 体が軽い。思ったよりも少ない力で行動することができる。
 煙幕がゆっくりと引いていく。
 異様に気分が高揚している。軽い興奮状態である。
 目的は病院である。
 病院に目を向けると、その窓や玄関からは明かりが漏れている。
 そこへと進んでいった。

 
 

 

   ぎゃらりーに戻る  TOPに戻る

 

投票ボタン

約束の名の下に」が面白いと思った方はよろしかったら投票してください。
wandering networkに参加しています

ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「約束の名の下に」に投票  

「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、
投票してください。(月1回)

 ご意見はここ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送