約束の名の下にF


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 列車を降りる。
 マオたちは今までの逆の列車に乗っていってしまった。
 ベルに続いて、二人の政府の人間が降りてくる。
 捕らえることはないが、国外追放処分らしい。この二人はそのためにベルを連れて行くそうだ。
 風が吹く。
 それほどに強い風ではないのだが、吹き飛ばそうとしているかのような錯覚を覚える。とても冷たい風でもある。
 少し休みたい、と政府の人間にいって、近くのベンチに座る。
 空を見上げる。
 空は曇っている。
 重い雲、それはあまりに低く感じる。鉛色の雲が幾重にも重なっていて。青空のかけらも見えない。そのため、まだ暗くなる時間ではないのだが、もう日が落ち始めているような錯覚さえ覚える。
 雪は降ってはいない。
 しかし、底冷えのする寒さ。体の心を冷やす寒さ。暖かい列車から出たからそう感じるのではない。
 ただ寒い。
 ズボンのポケットには札束が入っている。それが重い。
 寒いがここを動く気分にならない。足が動かない。
 なぜ自分はこんなに不快なのだろう。
 いや、理由は分かっている。
 マオをあいつらに渡したことが不快なのだ。
 それは分かっている。問題はなぜ渡したことを不快と感じるか、ということである。
 なぜこんなに喪失感を感じるか、ということだ。
 わからない。
 少しもわからない。
 自分は無傷だし、あの施設から出ることができたし。結果を見れば、すべては丸く収まっているはずだ。
 マオがそれほど自分の中で大切なものだっただろうか?
 わからない。
 ゆっくり立ち上がる。
 風が吹く。
 吹き飛ばされそうになる。
 政府の人間が先を急ぐ、と促す。
 妙に重いポケット。そして重い足、重い思いを引きずりつつ。ベルはその場を後にした。


 夢だ。
 これは夢だと思った。
 理由は簡単、矛盾していた。
 どこがと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
 施設での一室に自分はいた。
「意思は人間の革新であるという言葉があるの」
 彼女はいつものようにボールペンをいじりながらいう。彼女にはなにかいじっていないと話をできないという癖があるのだ。
「でも、わたしはそう思わない」
「じゃあ、どう思ってるんだ?」
 聞き返す。彼女はその言葉に表情を暗くする。こんな顔を見ることはあまりない。
「わたしは、意思は人間の狂いだと思う」
「狂い?」
 彼女は少し悲しそうにする。
「そう、意思というものはね、使えば使うほど疲労はたまる。それは肉体にだけじゃないのよ」
「つまり、精神にも、ってことか?」
「……肉体の傷はいずれ回復できるけど精神の傷はなかなかね」
 彼女はやはり悲しそうにいう。
「意思を使うほど、そして意思がうまく使える人間であるほど、その人間は狂っていく」
「……あんたもか」
「え?」
「あんたも狂っているのか?」
 彼女は悲しく笑う。
「そうかもね」
 夢だ。
 これは夢だ。
 昔の夢だ。
 そして―――悲しい夢だ。


 最近この夢ばかり見る。
 それを皮肉に感じる。
 夢と言うのは見る人の願望を表すことがあるという話がある。だとしたら施設を出たくて出たのに、施設の夢ばかり見るというのは皮肉である。
 夢に出てくる女性はだれだったのだろう?
 それが思い出せない。
 あの人は自分にいろいろなことを教えてくれた。
 彼女は今も施設にいるのだろうか。
 寝ぼけた目で周りを見る。
 なにか店にいる。そういえば、少し酒を飲んでいたのだ。
 特に酔いつぶれたわけではないが、少しうたた寝をしていたようだ。
 席を立って勘定をすます。
 外は寒く、ズボンのポケットが妙に重い。
 実は先ほどの勘定を済ますときも、施設の人間をから渡された金は使ってはいない。
 なんとなく使えなかったのだ。
 周りを見渡す、どこか寂れた町である。
 ベルがいるのはあの壁の外の国である。
 壁の外に人間になったのだ。
 白いため息を吐く。
 追っ手がいなくなり、政府の人間に襲われることもない生活。
 それは望んだ結果である。
 望み、というのは永遠に手に入らない。なぜなら望みというのは手に入れた瞬間望みではなくなるからだ。
 昔、こんな格言を彼女がいっていたのを覚えている。
 彼女というのは夢に出てくる彼女だ。
 既に日が落ちていた。
 石畳の道を当てもなく歩く。辺りは雪が目立つ。
 この町は公共の場や、町の中心部などの場所は電気による明かりがあるので夜の町を歩き回るには不自由はない。
 マオと別れてから一週間。ベルはこの町を当てもなくさまよっていた。
 なにかする気はなかった。何もしなくても金はあるから生活にも困らない。もっともいまだに、自分が日雇いの仕事で稼いだ金しか使っておらず、政府から渡された金は使っていなかった。
 だが、もうそれも限界に近い。
「おい、あんた」
 声をかけられ振り返る。
 そこには三人組の柄の悪い男。
「金をだせ」
「……」
 この町はあまり治安がいいとはいえないようだ。
 雑踏を離れ、ちょっと裏路地に入れば、こんな柄の悪いのが掃いて捨てるほどいる。もっとも、自分もにたりよったりだが。
 正直、渡してもいいとさえ思った。
 この金に未練はない。
 こんな重いものはいらない。
 あまりに重過ぎて、心をつぶすほどである。
 ポケットから札束をだす。
 そして、それらをチンピラに見せる。
「やるよ」
 一瞬の間の後にチンピラたちは色めき立つ。
 あまりの大金であること、そしてその真意を測りかねているのだろう。
「ほら」
 そういって、チンピラに向かって少し高めに、つまり手を空に伸ばさないととどかない高さにほおる。
 彼らは両手を使ってそれを捕まえようとする。
 それが隙である。
 一番手前の男の右足の間接部分をねらって、強めに蹴りを放つ。
 鈍い音、骨が折れた音だ。
 その男は絶叫を上げて崩れ落ちる。
「よくもぉ!」
 仲間がやられ、大柄な男が襲い掛かってくる。その男は両手で捕まえようとしているようだ。
 がら空きの腹に蹴りを叩き込む。これは手加減をした。手加減をしなければ内臓が破裂してしまう。
 その男は白目を向いてひざをつき、ゆっくりと崩れ落ちる。
 残りの男は恐怖に駆られているようだ。
 その男はナイフを構えている。だが、その手は震えている。
「悪いな、今は手加減する気分はない」
「おぁ!」
 男が声を上げ、ナイフを振り回しながら突進する、それは悲鳴か怒声なのかは彼には判断することはできなかった。
 後方に飛んで、距離をとる。
 さてどうするか。
 頭の中で思案する。本当なら遠距離から、例えば意思の銃を使うと簡単に倒せる状況である。
 しかし、現在は手元にない。施設の人間ににとられてしまったのだ。元はといえば、あの施設所にあったものだったので、仕方がない。
 男はさらにナイフを振り回しつつ距離を詰めてくる。
 転がりつつ横に転がってよける。
 石を拾う、大きさはちょうど握れば隠すことができるぐらいの大きさである。
 それを投げる。
 石は狙いたがわず、ナイフのもち手に当たる。そのためナイフが手を離れる。
 次の瞬間。接近したベルは拳を相手のみぞおちに差し込んだ。
 うめき声を上げて、その男が気絶する。
「金を渡しても、重いのはかわらないからな」
 そして、投げた金を拾う。
 ポケットの中に違和感を感じる。
 なにかが入っている。
 手の感触ではなにやら薄いものである。
 それを出す。
 それはトナカイのであった。
 マオにもらった折り紙である。
 それは元々で出来が悪く、くしゃくしゃであるのだが、ポケットにずっと入れていたため、さらにひどくなっていた。
 それを街灯の光にかざす。
 赤鼻のトナカイである。
 クリスマスはもう目の前まで来ている。
 マオは今何をしているのだろう。やはり閉じ込められているのだろうか。
 いまだに刃が胸に刺さったままである。
 傷は治らずに化膿してくる。膿がたまり、腐り、さわれば肉がこそぎ落ちる。
 ぽつりぽつり
 なにかが降ってくる。
 雪ではない。雨だった。
 今日は気温が少し高い、だからだろう。
 雨が雪を溶かしていく。
『石の上に降る雪は溶けずそこにあるだけ』
 彼女がよく使っていた言葉、意味は状況によって違ってくるらしい。
 彼女ならこういう。
『石の上に降る雪は溶けずそこにあるだけ……この場合、自分が袋小路に追い込まれたという意味ね。自分で石の上に降ったらなかなか溶けないということを知っているにもかかわらず、その石の上にふってしまう。状況が変わったら―――春になったらどうにかなるかもね』
 雨空を見上げる。
 もう深夜0時を過ぎた時間帯である。
 空には当然、星が見えない、雲に食われてしまったのだ。
 だが不思議と月だけが出ている、かろうじて雲に食われるのをまぬがれているのだ。
 その月は三日月だった、それはあまりに、細い。
 それは鎌を連想させる。
 もしかしたら月は雲に食われてしまって、三日月なってしまったのかもしれない。
 そんな妄想が彼を支配した。
 冷たい風が吹く。
 街灯が点滅を繰り返し、陰鬱にその作業をただ繰り返す。まるで、そのことしか知らないかのように。そんな街灯の点滅ごとに彼の影が映し出され、なんとなく奇妙な気持ちになる。
 当然、そんな街灯では闇を払いきれずにいる。月明かりを足してもまだ足りない。
 このあたりは裏路地ともいえる場所である。右も左も薄汚れた壁があり、その汚れた模様が街灯に照らしだされる。それが一種、奇妙な絵を見ているような感覚にとらわれる。
 この路地にはだれもいない。
 だからこそ目立つ。
「で、あんたら何者だ?」
 しばらく何の反応もない。
 やがて点滅する街頭の下に一人の人が現れる。
「君がベルだね」
「ああ」
 正直にうなずく。
「君への処分が変わった」
「……」
「君はやはり処理されるべきという結論に至った」
 その男は淡々と語る。
「で?」
「……君は処刑されることになった」
 彼は言い直した。おそらく彼ちゃんと意味を理解しているかどうかわからなかったのだろう。
「そうか」
 ベルの言葉にその男はやはり不思議そうな顔をする。
「動揺しないのだな」
「ふふ」
 ベルはにやりと笑みを浮かべる。
「気でも狂ったか?」
「いや」
 口元をベルはゆがませたまま言う。
「なんとなく、なんとなくなんだが……」
「なにがだ」
 ベルは笑う。
「ポケットが少し軽くなった気がしたんだ」
「?」
 その男は不思議そうな顔をする。が、それを戯言と判断したのか話しを続ける。
「抵抗するなら、この場で射殺する」
 そういって、銃を取り出す。やはりそこには機関車で見た政府の紋章がついている。
「そうだな、それには目の前のことをなんとかしなくちゃな」
「……」
 男は答えなかった。やはり戯言だと判断したんだろう。
 相手の男との距離は五メートルほど、一足飛びで距離をつめ、倒すことができるだろう。
しかし、周りは囲まれている。うかつなことはできない。
 だが、それは囲まれている以上、どこに逃げても、結局何をしても、うかつなことになってしまう。
 だからこそ、目の前の、一番近くの人間を狙う。
 地面を強く蹴り、一撃で目の前の人間を倒す。
 銃という武器は普通の人間相手に使うものである。銃というのは銃を抜いて、狙って、撃つという動作をしなければ攻撃できない。しかしこの狙うという段階で、相手が猛スピードで動いていたら当然、銃弾は当たらない。
 止まってはいけない。
 はじけるように、駆ける。
 いままでいた場所に銃弾が突き刺さる。
 追っては動きを見せる。わらわらと物陰から出てきている。しかし遅い。こいつらには意思を使える連中はいないようだ。
 倒した相手から銃を奪って、さらに別の奴を襲う。そいつは銃で捕らえきれないと判断したのかナイフを構えている。
 敵から奪った銃で相手のナイフを払いつつ、相手に膝蹴りを叩き込む。たまらずもんどりうって倒れる。
 銃の音がする。しかし決して止まらない。
 今度は敵からナイフを奪い、それを投げる。それは相手はかわしたのだが、体勢を崩すには十分だった。
 顔を捕まえて相手の顔面にひじを叩き込み、一撃で倒す。
 全て一撃で倒す。この人数相手ではそうしなければすぐに囲まれて、数に物をいわせて、やられてしまからだ。
 相手は残り二人。
 しかし、相手の気配は少しずつ遠ざかる。逃げたようだ。
 その場を離れる。銃弾の音を聴きつけて他の人間やこの国の警察が来てしまうからだ。
「ふふ」
 雨がやんでいた。
 月が美しいと感じる。
 雲は裂け三日月がはっきりと夜に空に現れる、辺りの街灯の光とあいまって、あたりが明るくなったような気さえする。
 笑いがこぼれる。
 軽かった。
 なぜか軽くなっていた。
 ポケットが軽くなっていた。
 足も軽くなっていた。
 あの施設に戻ろう。
 そして、決着をつける。
 そう決めただけなのに、なぜか軽くなっていた。

 
 

 

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