約束の名の下にE


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 夢だ。
 これは夢だと思った。
 理由は簡単、矛盾していた。
 どこがと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
 施設での一室に自分はいた。
「意思は物質化できるのは知ってるわね?」
「ああ」
 返事をする。
 ここまでくるのにずいぶんかかった。今ではしゃべることに不自由がない。
「そして物質化した意思を拡散する前に銃弾にして打ち出す銃がある、というのは昨日までの復習ね」
 彼女は「自分にないこと、もの」を教えた存在だった。
「例外があるの」
「例外?」
 オウム返しに自分は聞き返す。
「そ、意思は物質化したまま、拡散せずに空間に固定されるケースがある―――ってこういう職業の癖よね、何かと難しく物事をいっちゃうのよね」
「あんたがそういういい方が好きなのだろう」
 彼女はニヤッと笑いを浮かべる。
「そういう状況を意思の自律というの」
 彼女は続ける。
「これは人口的にやるなら、やったら非常に難しくて凡人にはとてもできないことなのよね」
 その物言いに自分は苦笑する。
「……お前はそれができたんだろう」
「うん、遠まわしに自分をほめてみました」
 そういって彼女はあははと笑う。
 彼女はよく笑う、それは見ていると心がなごむ。
 彼女は自慢げに話している。それは高飛車なものを感じるのではなく、小さい子供が自分のことをほめてほしいというような、子供っぽさを感じるものである。
 だから、彼女の話し方は不快ではない。むしろ微笑ましい。
 夢だ。
 これは夢だ。
 昔の夢だ。
 そして―――悲しい夢だ。


 目を覚ました。
 彼は夢を見ていた。しかし、目が覚めるとそれは忘れてしまった。なにか悲しいことだったような、そんなかすかな断片だけを彼の中に置いていっただけだった。
 窓の外はゆっくりと風景が流れていく。もっとも、ほとんど雪の白ばかりであまり代わり映えはしないが。
 車内はそこそこに快適であるといえる。
 クッションはちゃんとあるし、車内は外の風や冷気が遮断されるような造りになっていて一定の室温が保たれている。少しざわついているのをのぞけば眠気を誘うには十分だった。
 個室用の切符を買えば、ずっと寝ていられたかもしれないが、日雇いの仕事では、そんな贅沢はできない。
 まぁ、もっともそれは―――こいつがいなかったらな。
「……なにか用か?」
 マオは向かいの座席からずっと彼の顔を見ている。これではちゃんと寝ることはできない。
 車内はそれほど人がいるわけではない。少ないといってもいいほどだ。ベルたちが座っているのも四人がけの座席なのだが二人だけしかいない、つまりベルとマオの二人だけである。
 機関車はがたがたと揺れる。
 大量の荷物、人を一度に運べる代物である。その代わりスピードがあまり出ない。馬車のほうか断然早いだろう。もっとも雪の中、馬車を走らせるような奴はいないが。
 マオは小首をかしげる。目が覚めたことが不思議のようだ。
「じっと顔を眺められたら眠れん」
「でも寝ていた」
 確かにそうだ、夢まで見るほどである。
「お前のせいで目が覚めたんだ」
「ごめん」
 マオはそういって今度は窓の外を覗き込む。
 要するにマオは暇なのだろう。
 体を伸ばす。ずっと座ったままでうつらうつらしていたため、体のあちこちがいたかったからだ。
「暇か?」
 マオはこくりと窓のほうを向いたままうなずく。
「何かするか?」
 マオが振り向く。
 窓のところには曇った部分になにかの絵が描かれている。
「僕、折り紙がしたい」
 マオは少しだけうれしそうにいう。
「……すればいいだろう?」
「一緒に」
 マオは折り紙を二人でやりたいらしい。
「……普通一人でやるものだろう」
しかし催促するように折り紙を突き出す。
「俺はできない」
 マオは小首をかしげる。
「やったことないんだ。だから折り方もわからない」
 マオはぱぁと表情を明るくして、
「じゃあ、教えてあげる」
「お前が?」
 マオはこくりとうなずく。
 不器用なお前が?
 ということはいわないでおく。
 それをいえば反応は面白くはあるが、わざわざマオの機嫌を損ねる必要はない。
「まず、この折り紙をちょうど半分に折る」
 マオは折り紙を渡して、彼女は折り紙を半分に折る。ベルもそれに習い、折り紙を折る。
 机がないため、やりにくいがなんとか折っていく。
 作業が進む。
 マオは次々と折り方を指示する。それにしたがって折っていき―――
「完成」
 マオはそれを掲げる。
 やはり、ベルの作った折り紙と比べると、教えたマオの折り紙の方が荒い作りになっている。
 それは三角なものだった。それ以上でもそれ以下でもない。
「これはなんだ?」
「紙鉄砲」
 マオはその作品を振りあげ、そして勢い良く振り下ろす。
「カミデッポウとはなんだ?」
「紙鉄砲のここを持ってベルも振ってみて」
 マオはさらに振る勢いを上げる。
 ベルもまたそれに習い、振り上げ、振り下ろす。
 特に何も起らない・。
「もっと強く振って」
 マオの言葉に従い、強めに振り下ろす―――
  パン
 破裂音がした。
 見ると、その紙鉄砲は形が変わっている。
 どうやら、収納されたポケット部分が空気抵抗を使って開いて、その勢いで音がしたようだ。
「これが紙鉄砲」
「おかげで周りから注目されたぞ」
 一瞬、静まり、周りの人々の視線が集まったが、すぐにざわつきを取り戻し、視線を戻す。
「マオ、ちょっと腹が減ったな」
「え?」
「いくぞ」
「別に僕、お腹なんか―――」
「いいから―――」
 といってマオの手をつかみ立ち上がせる。
 ベルたちがいるのは後ろのほうの席であり、このすぐ後ろの車両に軽い食事ぐらいならある。
 そして―――
「走るぞ」
「え?」
 マオの手を無理やりに引っ張って走る。
 がたた
 後ろで数人が立ち上がるような物音がするがそれを無視してドアを開け―――
「動くな」
 ドアを開けると数人の人間が銃を構えている。
 その銃には政府の紋章が刻まれていた。
 彼らの後ろからも数人が銃を向けられている、前後から挟まれる形だ。
「え、え?」
 マオは状況を良く飲み込めていないのだろう、おろおろとあたりを見回している。
「我々は政府のものだ」
 彼らはポケットから、政府の証である、紋章入りのペンダントのようなものを掲げていう。
「抵抗は無駄だ」
 目の前の敵は三人、後ろの敵は確認はできない。気配から判断するに5、6人はいるだろう。どうやら回りに座っていた人間がほとんど追っ手だったようだ。
「なぜ、こちらのことがわかった?」
 三人のうちの一人がいう。その人間は見覚えのある顔だった。あの施設の人間だろう。
「あんたたち、紙鉄砲の音に過敏に反応してたぞ」
 銃の破裂音と似ていて反射的に反応してしまったのだ。
 冷静になれ。
 その言葉が頭の中ではじける。
 この人数なら、前の三人と接近戦による混戦で、後ろからの援護射撃を封じつつ戦う、というのなら、この状況を切り抜けられるかもしれない。
しかし、それはマオがいなければの話だ。自分が戦っている間にマオはやられてしまうだろう。
 彼女をうまく助けるには―――
 ?
 なぜマオを助ける必要があるんだ。
 今の状況だって、一人なら失敗してダメージを負っても、逃げることはできるだろう。それにこれほど状況が悪化する前に、敵がいるとわかったときに、全力でこの状況を離脱すれば、一人で安全に逃げることも可能だったはずだ。
 冷静になれ。
 その言葉が頭の中ではじける。
 こんな状況なのに、その言葉をいったのはだれだったのか、非常に気になる。
「まず、この子を返してほしい」
 施設員はいう。
「そのかわり、この金を渡す」
 そういって、ポケットから札束を一つだす。それは数ヶ月は働かなくても食べていける程度の金である。
「……そんなことをせずにこの人数なら力ずくでマオを手に入れればいいだろう」
「君の力は常に過小評価しないつもりだ」
 いくつも銃が二人のほうを向いている。この状況でも彼そういった。
 しばし沈黙が流れる。
 みためにははどうするか思案しているように見えただろう。しかし、彼はここから逃げ出す方法を考えていた。
「それに力ずくというのはしたくない」
 施設員はそういった。
「あの施設では、ひたすらやられたが」
「それは君が攻撃を仕掛けたからだろう」
「俺を処理するつもりという話が―――」
「……あの日、私たちは君を解放するつもりだったんだよ」
 その言葉は根拠がなかった、確かに前の雪山の三人組の追ってもマオのほうを取り戻すように命じられていたようだったが、その男の言葉は全部信じる気にはベルはならなかった。
「君はそれほど危険ではないと判断されたんだよ。君のために施設の人間は多数のけが人がでた。それでも君は決して人を殺さなかった。君よりも危険なのは―――」
 と
 ふと気づくマオが彼の手を離し、ゆっくりと前へ、つまり施設員へと足を運んでいることに。
「おい」
「……」
 ベルの言葉にマオはまるで反応しない。
「止まれ!」
 ベルは叫ぶ。
 するとマオはようやく足を止める。
「……僕、そろそろ施設に帰らなきゃ」
 マオは笑っていると同時にどこか悲しげである。
「ベルとの生活は本当に面白かった。とてもいい思い出になった」
 その口調はまるで、もう二度とこんなことはできないというような口調である。ベルはそのように感じた。
「なぜだ?」
「……それは私が答えよう」
 施設員がいう。
「もう限界なのだよ」
「なにがだ」
 出そうと思った声量よりも大きな声がである。彼は興奮を抑えられないのだ。
「この子は血を見たりすると、凶暴になる。これは感情が非常に高ぶったために起るのだ。我々が力ずくにしたくはない、というのはこのためでもあるんだよ―――血を流すような行為はさけたい」
 マオはうつむいていてどんな顔をしているかわからない。
「そして、この子が凶暴になったとき、我々には対抗する手段がない」
「だから閉じ込めたということか?」
「……その通りだ」
 マオはうつむいている。
「あの狂いは狂った後、数日間は再度狂うというはないという実験結果が出ている。だから、もう日にちがないんだ」
 その物言いにベルは苦笑する。
「実験結果か、施設対象が消えて困っているだけじゃないのか?」
「それは違う」
 マオはうつむいたままだ。
「これはこの子も望んでいることなんだよ」
「マオ、顔を上げろ」
 マオはピクッと反応を示す。
「顔を上げろ」
 もう一度いう、その言葉にマオはゆっくりと顔を上げる。
 その表情は笑っている。
 マオはいつも無表情であるのにだ。そのマオが笑っている。
 思えば、前にマオ自身が自分の狂いに関して話しているときも笑っていた気がする。
 つまり、悲しく笑っているのだ。
 痛い。
 なぜか痛い。
それが刃であるかのように、それは深く、鋭く突き刺さる。
このそれがというのはなんなのだろう。
目の前にあるマオの微笑み(かなしみ)である。
胸の辺りをつかむ。
なぜ他人の悲しみがこんなことを思ってしまうのだろう。
なぜ他人のことでこんな刃が胸にささるのだろう。
「本当か」
「うん」
 マオはコクリとうなずき答える。そこにはよどみは無い。
「いままでだってうまくいっていただろうだったら―――」
「うん、これからもうまくいくと思う、でも―――」
 マオはちらりと彼らの方をみた。
「戦うことになれば、血が出ちゃうってわかっていたから」
 彼女はポツリポツリと一人ごとのように呟く。
「最初から少しで良かった。そとの空気を吸いたかった」
 そのこぼした言葉は感情は込められていない。
 そう、彼にはなんとなく普段、彼女があまり感情を込めない理由がわかった。
 感情が高まれば、彼女は暴走してしまう、そのため反射的に言動を抑えているのだろう。
 そして、いま笑っているのも同じ理由である。感情をごまかすためだ。
「俺はどうなるんだ」
「君は我々の脅威であるのかい?」
 ベルは首を横に振って否定する。
「では我々が君を捕らえる必要はない。もっとも君がこのお金を受け取ればの話だが」
 金は目の前にある。
 マオは笑っている。
 銃は向けられている。
 選択肢は二つある。
 選ぶのは一つである。
 どちらを選ぶことは決っている。
 選ぶことは簡単である―――なのに
 なぜ迷う?
 理由がわからない。
 それでも、選ぶことはしなくてはならない。
 ベルは選んだ―――金を取ることを。

 
 

 

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