約束の名の下にD


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 夢だ。
 これは夢だと思った。
 理由は簡単、矛盾していた。
 どこかと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
 施設での一室に自分はいた。
「体を動かす際に、脳から電気信号が出て、そして筋肉が反応する―――これは科学的なものの見方、という話のところまでしたわね」
 彼女はこちらの返事を待っているようだった。だから自分は反応を示す。
 それだけの行為なのだが彼女は喜んだようだ。
「で、意思の面から同じことをいえば、意思が筋肉に動くことをさせたといういい方もできるわけ」
 彼女は饒舌にぺらぺらと言葉を続ける。
「これぐらい相互に証明できるのよね。でも意思で肉体の動きを補助するとか、そういう分野は証明できないのよね。だから、これからの話は科学では証明できない、あくまで仮定ってわけね」
 今度は彼女は身振り手振りを交え始める。
「意思は、限りなく無限に近い有限な存在なの、意思は強い弱いっていうことはいえるけど、量という概念がない。無限に近い存在」
 チラッとこっちに視線を彼女が送る。
「まぁ、ちょこっと強引な理論だけどね」
 彼女は舌を出す。
「意思で肉体を補助しようすると、反作用が発生する。それを消すために意思を使う、さらに反作用を消す意思を使うと、それに対する反作用が生まれる……まさに限りなく無限に近い有限の数だけね」
 彼女は得意げにいう。
「でもその方法は反作用は減っていくんだけど、ゼロにはならないの、だから意思を使えば疲労を感じる」
 彼女はことあるごとにこちらに視線を送る。反応を期待しているのだろう。
 その視線に反応する。
 それだけのやり取りだけで彼女微笑む。
 彼女の言っていることはほとんど理解できないが、反応すると彼女の笑顔をこぼす。それを見たかったから答えたのだ。
 そのことをいえたらよかったが、それを言葉にする術を知らなかった。
 もしこんなことを彼女にいったら、どういうだろう。
「ちゃんと話をきいてなかったの」といって怒る。
「あら、そんなうれしいこといっちゃって」といってふざける。
 どちらもありえそうな話だった。
 夢だ。
 これは夢だ。
 昔の夢だ。
 そして―――悲しい夢だ。


「じゃあな」
 管理人が手を振る。玄関まで見送るつもりらしい。
 マオが荷物を背負いでていく、ベルもまた荷物を背負っている。
 中身は簡単な食料や武器などと、身の回りに必要なものだ。
 ドアを開け外に出る。
 吹雪はもうやんでいた。
 外はまだ暗い、しかし山の端には既に明るくなり始めており、空の青さを取り戻しつつある。しかしその青が寒さに一層の力を与えていた。
 ドアのところでマオと管理人がまだ何か話している。
「早くしろ」
「わかってる」
 マオは話をきりあげ彼の方へ走ってくる。
「ベル、お礼いってない」
「?」
「泊めてもらったお礼」
「ああ」
 そういって、先に行く。
 と、いきなりつんのめる。
「服をつかむな」
「お礼いってない」
 ベルはため息をついて、少し管理人に向けて会釈をする。
「これでいいのか?」
「荷物も用意した」
 マオは少し口調を厳しくいう。どうやら会釈ぐらいではだめらしい。
 ため息をついて、頭を深く下げる。
 マオは大きくうなずて歩き出す、どうやら納得したらしい。
 ベルもまた足早に歩く。
 すでに体の疲れは消えていた。問題は傷の方だ。
 意思を使って肉体を補助しても、その意思の大半を反作用を消すために使われ、せいぜい力を補助しても2倍も届かない。
 よって傷を治すのには意思は使っていない。
 例えば、全治一ヶ月の怪我の場合、2倍の回復をさせても、単純計算で15日かかることになる。しかも、15日の間は24時間不眠で意思を使ってこの計算である。しかも、意思を使えば疲労する。
 つまり意思で傷を治そうとするとひたすら効率が非常に悪いのである。もちろん普通の手当てはしているので、激しい動きさえしなければ傷のことは特に問題はなかった。
 まだ辺りは薄暗く、多少足元が危ういが彼らにしてみれば歩けないというほどではない。しかし、木々や石などがあるので油断はできない。
「もうすぐ、日の出」
「日が出ればこの寒さも少しは増しになるかもな」
 マオは足手まといになると思っていた。しかし、よく考えればマオもまた意思が使えるのである。肉体の動きを補助できるという条件は同じである。むしろ傷だらけの自分の方が動きは鈍い。
「……なぜ、先に行かない?」
「え?」
「俺はこれ以上のスピードで歩けない、お前単独ならもっと早く町につけるはずだ」
「……助け合った方がいい」
 マオはそういって駆け出す。そして、崖のところまで走る。
 苦笑する。
「俺はお前を利用しているだけだ」
「……うん」
「だから、俺はお前を助けない」
「……わかった」
 マオは助け合うといった。
 自分にはそのつもりはない。
 マオが嘘をついているようには見えない。
 もし、彼女が足手まといになるなら自分は容赦なく置いていくつもりだった。しかし、マオは自分と助け合うつもりなのだ。
「ここからだと、町が見えるはず」
 ベルもまたマオに従い、そこまでいってみるが、まだ薄暗く、遠くの町を確認することができない。
 と
 不意に光が差す。
 太陽が出てきたのだ。
 山の端からいくつもの光の帯が生まれ、それらが次々に闇を切り裂いていく。黒の世界が白の世界へと塗り上げていく。
「綺麗」
 マオはそれに魅入られているようだ。
 一瞬、ベルの目に何かが映る。しかし、それがまだ何なのか良くわからない。
 目を凝らしてそれを見ようとする。
 やがて、光の帯は辺りを全て包む。
 そこで始めてベルは理解した。
 確かに町がある。
 しかし、その町は二分されていた。壁のようなもので。
 その壁は町を二分し、そして、ぐるりと辺りを大きく囲っているようだ。ここからでは見えないがこの山、つまり施設を中心に壁によって囲っているようだ。
 つまり―――
「逃げられない」
「……」
 その事実が重くのしかかる。


「やはり、壁をジャンプしたりするのは無理だな」
 近くまで来るとその高さを実感する。たとえ万全の状態で意思を使ったとしてもジャンプで超えるには高すぎるし、壁の上には有刺鉄線がある。おまけにそれに電流まで流れている。
 もちろん壁の周りの木々は全て処理してあり、木を伝ってというのは無理である。
「登るのも無理そう」
 マオがいう。
 壁はとっかかりがほとんどなく、真っ平らであり登ったりするのは不可能である。もっとも登っても有刺鉄線があるのだが。
 ベルは白いため息をつく。
 壁がなぜあるのか、最初はわからなかったが、マオから話を聞けば簡単なことである。それは国境なのだ。
 この山をグルリと壁が囲んでいる。しかし、当たり前の話だが、出口がないわけではない。いくつか出口があり、そこを中心に町が構成されているようなのだ。
 しかし、出口には監視が当然いる。そこを通るには許可証が必要である。そして、許可証をもらうためには国民税を払っている証明書が必要である。
国民税を払っている人間はこの国の住民であることわかり、なおかつ住所や氏名、顔などを見られ、国の外に出ることができる。そのことによって、犯罪者や不法侵入者を防いでいるらしい。
 当然ベルたちは国民税はおろか住所さえない。
 しかも、見つけた町は近くで見ると非常に大きく、監視が多い、とても今の傷だらけの状態では強行突破は無理である。
 と
 溜まった蒸気を外へと放つ独特な音。
「機関車」
 マオがつぶやく。
 ベルたちがいるのは駅のホームである。
 駅のホームはレンガ調になっていてよく手入れが行き届いている。雪は人が通る場所は綺麗に舗装されており、雪ですべることもない。ちゃんと屋根もある。もっとも今は雪など降ってはいないが。
 機関車は壁の内側の町と町をつなぐ交通手段であり、壁のすぐ内側を走っている。いま駅のホームの壁の近くに二人は立っていた。
「切符は無くしてないな?」
 マオはうなずいて答える。金は日雇いの仕事で稼いだのである。
 切符の行き先はここから数キロ離れた寂れた町である。
 ベルたちが施設から逃げ出し町に転がりこんだ。しかし、この町はとても栄えており、人も多く、潜伏するのには適しているが、この町は施設からもっとも近くに存在しているのだ。追っ手がかかっているならば、この町に来ているだろう。ならばすぐに逃げた方がいいのは当然である。
 そこでこの国の内側を走る機関車を使うというわけである。
 人が少ない場所なら、国境警備が薄い場所があるかもしれないとい気持ちがあったからだ。
 蒸気の音を立てて機関車が停車する。勢いよく蒸気をふかしている。その蒸気のため、顔に暖かい風を感じる。
 話では聞いていたが、始めてみる機関車、やはりそれは大きなものだった。
 黒光りするボディ、鉄の車輪、そして蒸気。
 もちろん蒸気の力で動いているのだろうが、こんなものが走るなんて彼には理解はできても実感ができない。
 冬場では町と町を行き来するためにはこの機関車が最適らしい、まさか雪の中、他の町まで歩いていくという人間はいない。
 中から機関車から制服の人間が扉を開けて出てくる。機関員だろう。
その機関員が機関車の乗り降りについての注意を促している。滑らないように、だとかそういうことを大声でいっている。
「いくぞ」
 歩き出す。しかし、マオがついてこない。
「いくぞ」
 今度は少し大きな声でいう。
 しかし、マオは動かない、ただ視線を彼に向けるだけだ。
「どうしたんだ?」
 マオのそばまでいく、するとマオはボソッと
「怖い」
 とつぶやく。
「は?」
 確かによく見ると顔が白い。
「まるで、大きな芋虫」
「……機関車を始めて見るのか?」
 マオはこくりとうなづく。
「あれはクログロムラサキ虫の幼虫を飼いならして乗り物にしたんだ。成虫になると、人肉をあさるようになる。春になればそうやって新聞の一面に載る。今年も100人以上の犠牲者が―――」
 ん?
 そこまでいって気づく、マオの顔色がみるみる白から青へと変わっていくのを。
 しかも、若干震えている。
「……」
「……」
「……冗談だ」
「……ん〜」
 今度はマオの顔色が青から赤へと変わった。
 ずいぶんカラフルな顔である。
「ん〜」
「すまんすまん、まさか信じるとはな」
「ん〜」
 マオは両手をブンブン振って、ますます怒り出す。笑いをかみ殺しているのが伝わってしまったらしい。
 マオはからかうとすぐうなって怒り出す、それは見ていると退屈はしなかった。
 マオはそのまま、長い髪を左右に振りつつ、乗車する。
 ベルもそれに従い、続く。
 違和感
 笑いをかみ殺した。
 そんな自分に違和感を感じる。
 なぜ自分は笑っているのだろう。
 なぜこんなにリラックスをしているのだろう。
 今は追われている身だ。
 なのにこんなに気分が楽だ。
 なぜだ?
「……」
 答えはでなかった。


 

 

 

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