約束の名の下にC
 

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山小屋の管理人の話によれば、ここから少しいけばすぐに町が見えるということらしい。よって迷うことはない。もっとも町といってもたいした大きさがあるわけではないという話である。
 窓の外を見る。
 もっともそれも、吹雪がやんだらという話だ。
 吹雪の勢いは衰えるところを知らない。むしろ強くなってきているかもしれない。
 やることが無いのでベルはなんとなく荷物の確認をしてみる。
 まず防寒着が二つある。これは暖炉の前につるして乾かしているところだ。もっともやったのはマオだったが。
 次がナイフ、刃渡りは掌より少々大きいぐらい、幾分に肉厚な代物で、使おうと思えば武器意外にも使える。今はそれも鞘の中にしまわれている。
 警棒は折りたたみ式のもので持ち運びやすくなっている。そういった代物にはちゃちなつくりになっていることがあるのだが、これはそうではないらしい。
 そして、意思の銃。
 これはマオも何度か見たがあるらしいが詳しくは知らないということをいっていた。
 意思というものは何でもできる力のことである。よって意思による物質を作り出すことも可能だった。
 例えばそれは銃弾を作ることも可能である。
 しかし、体の外に意思を出すと、意思はその存在を保っていられなくなくなるという性質がある。
 この銃はその意思が空気中で霧散してしまう前に発射し、敵に銃弾をぶち当てるというものだった。
 本来ならば意思だけでは遠距離攻撃ができない。この銃はそれを可能にするというものだった。
 その銃を眺める。
 黒を基調とした銃で普通の短銃と比べるといくらか長めにできている。
 手にとってみる。
 何かを感じる。
 やはり感じる違和感。
 言葉にできない感覚がする。
 この銃はなんなのだ。
 この銃を使ってマオと戦ったときも違和感を感じた。あの時はそんなことにかまっている余裕がなかったが、改めてその銃を手にとって見ると妙な感覚が騒ぐ。
 自分の失った記憶に何か関係があるのかもしれない。
 ベルはそう思った。
 記憶に何か引っかかっているから妙な感覚がするのではないかと。
 しかし、だからどうした、という気分だった。
 その銃の汚れを布でふき取ってから机の上に置く。
 ベルは自身、失った記憶というものに取り戻さなければという気持ちはまったく無かった。別に無くても困らないものだし、どうせあの施設に戻らないなら、あそこでの記憶など必要ない。あの施設から出たことが無かったのだが、それでも、そこでの記憶が欠けてしまったことには特に不安感は感じなかった。
 そんなことよりも今を生きることが重要だ。
 棒を手に取る。
 その先には布がとりつけてある。モップである。
 それで床をさっきまでこすっていたのだ。
 掃除をしていたのだ。
 先ほどの管理人がタダで止めるなら掃除ぐらいしろといっていたからだ。とりあえず泊まっている部屋の掃除を始めて、それが終わりついでに防寒具や武器の手入れをしていたのだ。
 ふと暖炉に目がいく。
「薪がないな」
 予備の薪が切れている。
 とりあえず、掃除用具をとって立ち上がった。
 と
 ドアを開けて人が入ってくる。
 マオだった。
 マオはあまり感情を表に出さない性である、しかし決して無感動なタイプではなく、むしろその逆である。それは彼女の行動からベルはそう思っていた。
 その感情が外からはわかりにくいというだけである。今は少し楽しげにしているようだった。矛盾しているが、マオの無表情は時によって、いろいろな感情をあらわしているのだ。
 もっともそんなことがわかったところで何かの役には立ってくれはしないが。
 彼は自分に向けて苦笑をする。
 マオの手には何か色とりどりの紙をもっている。
 そのまま、いすに座って机の上にその紙を広げる。
 その紙は折り紙だった。
「管理人さんにもらった」
 マオは聞いてもいないことをいった。
 別に部屋を出て行っても良かったのだが、なんとなく後ろ髪を引かれる。
「それ楽しいのか?」
「うん」
 とりあえず隣に座る。
 マオは折り紙を手にとって、折り始める。
 まず角と角を合わせて三角形になる。そしてさらに折る。また折る―――それに何度か細かい作業をすると―――
「できた」
 ベルは出来上がったものを覗き込む。
 なんども折り返されたため紙自体がくしゃくしゃなのだが、とりあえず、そこに一定の形のものが出来上がったようだ。さらにマオは赤のペンで折り紙の一部分をぐりぐりと塗りつぶす。
 こいつ不器用だなと思ったが口には出さないでおく。
「何だこれ?」
「……トナカイ」
 どうやら、ベルの思ったことがわかったようで少し口調を尖らせる。
「これは僕が不器用じゃなくて、もともと完成品が似てない折り紙のトナカイ」
「なるほど、決してお前が不器用じゃないというわけか」
 その言い方が癪に障ったのだろう、マオが少し怒ったようだ。もっとも表にでたのはぴクリと眉を動かす程度だが。
「せっかくあげようと思ったのに」
 別にいらないぞ。
 ベルは反射的にその言葉を飲み込んだ。彼女の感情を損ねる可能性が高いし、彼女の機嫌を悪くすれば、あまりいい結果には結びつかないという思いが彼にあったからだ、
 しかしその沈黙ははむしろ、彼女にベルの思ったことを伝えてしまう結果になる。
「……ん〜」
 どうやら完全に怒ってしまったらしい。
「すまん、悪かった」
「ん〜」
 マオは数秒うなったままだったのが、やがてそれを止める。
「あげる」
 そしてマオは折り紙を突き出すようにしてベルに渡す。
「助けてもらったお礼」
 そういってマオはまた別の折り紙を手を取る。
「クリスマスが近いから」
「……」
 鼻を赤く塗ったのは赤鼻のトナカイだからというわけのようだ。
 記憶の中では始めてだろう。
 他人からこういったものをもらうのはだ。
 しかし決して悪い気持ちではなかった。
 そのトナカイを見て思う。
 トナカイにクリスマス。そして、自分のベルという名前。あと足りないのはサンタぐらいだ。
 まだクリスマスではないようだ。
 クリスマスを意識するのと自然に自分の名前に意識がいく。
 クリスマスに生まれたからベルという名前。
 一体だれがつけてくれたのだろう。
 自分には親とかそういう人間の記憶はまるで無かった。
 ただ覚えているのは施設での日々だけ。
 暗い牢の中に閉じ込められ何もできない日々。
「……なんで?」
「あ?」
 マオは折り紙をしながらいう。
「なんで僕を助けてくれたの?」
 窓ががたがたと音を立てる。外の吹雪はますます勢いを上げているようだ。それこそガラスが割れてしまうかのようであるである。
 ふと寒さを感じる。暖炉の火が少し弱くなっているようだ。
「……俺は町に出たことがない、だから町に出たことがある人間がいれば便利だと思ったからだ」
「そう……なんだ」
 それはうそだ。
 そうベルは思った。
 自分はマオを助けるときにそんなことまで考えたことがない。第一、あの時点ではマオが町にでたことがある人間かなんてわからない。それがわかったのは助けた後の話だ。本当は自分でさえ彼女を助けた理由がわからないのだ。
 なぜうそをついたのか。
 わからない。
「僕を外に出してくれたことはうれしい。ずっと施設の中にいたから」
 マオは折り紙を折る手を休めずにいう。
「雪の冷たさ、暖炉の暖かさ、そしておいしい食事、どれもが新鮮」
 彼は黙る、彼女の言葉が他に向けてはいなかったからだ。
「でも……」
「……でも?」
 マオは暖炉を見つめる。暖炉の火で、その目は真っ赤に染まっている。その表情が無表情であるのに、悲しそうに見える。
「……ううん、なんでもない」
 ベルにはとてもそれが、なんでもないようには感じなかった。
 しかし、それはベルには関係がないことだ。
 ベルは薪を取ってくる、とマオにいってその部屋を後にし―――
 出口まで行ってくるっとマオに向き直る。
「俺は正直だ」
「?」
 彼女が不思議そうな顔をする。
 ベルはポケットにいれておいた折り紙を出していう。
「もらって悪い気はしない」
 マオは少し驚いた顔をしていたが、その言葉で微笑んだ。
 自分は何を言っているのだろう。
 彼は苦笑する。
 ただ、なんとなくその言葉がするりと口から漏れたのだ。
 そういって、今度こそベルはその部屋を後にした。


トコトコトコ
「……」
 午前が過ぎ、午後が過ぎても吹雪がやまない。管理人の話ではこの地域がこれほど吹雪くのはなかなかないという話だ。
 ベッドに横になり考え事をする。
 不安に思い始めていた。
 あせってきたと言い換えてもいい。
 なにもできないことの不安が募り始める。
トコトコトコ
「……」
 だいたい、本当に施設の追っては迫ってきていないのだろうか。
 いや、追っ手は来ていないはずだ。この吹雪の中、ベルたちがどこに逃げたのか判らないのに追っ手を出すことはできないはずだ。
 それに、あせって無理やりに吹雪の中を出たとしても地図や、磁石を用いて、町に向かったとしても、もしも迷ったとしたら致命的である。
 この山小屋には雪山を歩く装備はあるが、吹雪の中を歩くための装備はない。というか、吹雪の中、歩くという考え方そのものが、おかしな考えなのだ。
 トコトコトコ
「……なぁ」
「え?」
 たまりかねて声をかける。
「さっきから……なんなんだ?」
 マオはさっきから落ち着かず、この狭い室内を歩き回っていたのだ。
「はっきりいって、目障りなのだが」
「え、あ、そう、ごめん」
 そういって今度は備え付けのいすに座り、窓の外を眺める。
 吹雪は昼を過ぎたぐらいから多少勢いを緩めてきている、もしかしたら、この分だと明日の朝には出発できるかもしれない。
 彼女は次にガラス窓の曇っている部分に何かを書き始める。
「もう、そろそろ寝たいんだがな」
「え、え、もう?」
 マオはあわて始める。
「まずいのか?」
「いや、違う」
 マオは首をフルフルと横に振る。
「もしかしたら、明日は出発できるかもしれない、だから早めに寝た方がいい」
「うん……」
 そういってマオはトコトコトコと歩いてベッドにもぐりこむ。
 ガス灯の明かりを消す、すると暖炉の火だけの明るさになる。もっともそれは弱く、暖炉の周りだけを明るくするにとどまる。
 施設は政府の組織であるために電気等の設備は整っているが、一般の家庭にはまだきていない。しかし、ベルにとって、こういった雰囲気が新鮮であり、施設とは違った暖かさを感じていた。
「何かいいたいことがあるのか?」
「え?」
 マオはこっちをさっきからじろじろと見ていたのだ。
「そ、その」
「?」
 マオは手の指を組んだりはずしたりしながら、
「……は、初めてだから」
「……何の話だ」
「そのだから……」
 マオは指を組んだり外したりとせわしなく動かす。
「だから……」
「?」
「その、昨日、ベルは寝てたし……」
「? まぁ、寝てたというか、気絶してたんだがな」
 マオの話では、昨日は看病しながら一緒のベッドで寝てしまったらしい。
 マオは掛け布団を顔半分までかぶる。
「い、一緒に寝るのは……」
「確かに狭いな、二人で一緒のベッドというのは」
 この部屋は一人部屋なのだ。だから当然ベッドが一つしかない。兄弟ということでこの部屋をあてがわれたのだ。他の部屋は他の人間が使っていてつかえないのだ。
 ベッドが一人しかないからといって、床などに寝たら風邪ではすまないということで、二人で一つのベッドを使うことにしたのだ。
「違う部屋を貸してくれないか頼んでくるか?」
「え? い、いや、いい、だってタダで部屋を借りてるし」
「それもそうだな」
 ふとベルは気づくマオは少し顔を赤くしているような気がする。
「お前、顔が赤くないか?」
「え? ち、違うよ。その、暖炉の火の明かりで赤く見えているだけ」
 マオは掛け布団を頭までかぶる。
「寒いのか? だったら焚き火を―――」
「いい、このままでいい」
 マオは掛け布団の中からぼそぼそっという。
「無理はするなよ、風邪でもひかれたら足手まといになる」
「……うん」
 布団の中でぼそぼそという。それのため聞き取りにくい。
「……寒いなら、引っ付いて寝た方がいい」
「え?」
 マオは布団から顔を出す。
「いいの?」
「かまわんが……」
 マオがもぞもぞとすぐ隣まで来る。しかし、決して接触はしない、ぎりぎりのところまでだ。それでもぬくもりだけは伝わってくる。
「あったかい」
「そうだな」
 しばし、会話が消え薪がはぜる音だけがあたりを支配する。
 ふと小指と小指が触れる。
 マオがあわてて手を引く。
「どうした?」
「う、ううん」
 マオは布団から少し顔を出し首を横に振る。
「さっきもいったが、寝とかないとつらいぞ」
「うん」
 マオが首をかくかく縦に振る。
 と、自分ではそんなことをいったが、彼はなぜか寝付けなくなっていた。体が寝るということを阻むかのように。
 明日は朝早い、日が出る前に出発するつもりだ。用意もしてあり、すぐそこに荷物も用意している。もっとも、この山小屋の人間が用意してくれたのだが。
 ベルの中でマオの印象が少しずつ変わってきていた。
 無口ではあるが、素直に感情をぶつけてくるし、自分に対して悪い感情をもってはいないだろう。
 自分もまたマオに対して悪い感情はもってはいない。
 ふと、寝返りを打とうとした。
 腕に何か重みを感じる。
 どうやら、マオが寝巻きの袖をつかんでいるようだ。
 特にそれを外そうとは思わなかった。
 マオはもう寝ているようだ。
 規則正しく寝息を立てている。
 いつも長い前髪で隠れがちの目からまつげが伸びている。ほほは少し赤みを帯びていて、ぷっくらと形のいい唇が幼いながら魅力的である。
 髪は長く、手入れが行き届いているらしく、光さえ放っているかのようだ。触れれば、その手がすべってしまいそうである。
 それらがすぐそこにある。
 手の届く距離にある。
 目の前にある。
 触れようと思えば触れられる。
 苦笑する。
 やはり寝にくいのだ。
 安らぎとぬくもり、そしてわずかな興奮を覚えつつ、ベルは無理やりに眠りについた。

 
 

 

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