約束の名の下にB
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夢だ。
これは夢だと思った。
理由は簡単、矛盾していた。
どこかと聞かれれば、よくわからなくなってしまう。だが矛盾している。その思いだけははっきりしている。
施設での一室に自分はいた。
「意思というのは簡単に言えばだれにでも使えて、なんでもできる。という力なのよ」
女性が話している。
「難しくいえば、人間の思考による万能力の行使っていうんだけどね。まぁ、そんなことはど〜でもいいんだけど」
手をぱたぱたとふりつついう。
彼女はこちらの反応を期待しているようだ。だが、反応はできない。
それでも彼女はそれを特に気にしていないようだ。
「でも、万能っていっても制限がある。私たちは神じゃないからね。空気があるところではその意思はその存在を保っていられなくなる。だから使い方としては自分の肉体の動きを補助したりするわけね」
その女性はくるくると指を回しながらいう。
「体の外で意思を使おうとすると、せいぜい小石を浮かしたり、静電気を起こしたり、本当に限られたことしかできないのよ」
今度は手に持ったペンをくるくると片手で回し始める。どうやらなにか手を動かす癖があるようだ。
彼女はなんどもなんども自分に話しかける。それは時に世間話であったり、時に難解な数式の話であったりとしたが、一番多いのはこの意思の話だった。
彼女は何度も根気強く話している、話しかけてくる。
しかし自分は答えられなかった。
夢だ。
これは夢だ。
昔の夢だ。
そして―――悲しい夢だ。
ゆらゆらと世界が揺れる。
「お兄ちゃん……」
世界が崩壊の時を迎えたかのように揺れる。
「お兄ちゃん……起きて」
遠くから声が聞こえる。
「起きて」
ふと体が浮遊感を感じる、まるで空を飛ぶがごとく。
それは世界が崩壊し、地面が失われてしまったのだ。
ドガン
しかし、それは一瞬に否定された。
床に激突したのだ。
一体何が起きたのかわからない。
ベッドから時間をおいてゆっくりと掛け布団がベルの上にかぶさってくる。
「痛い」
マオはどこか焦点の合わない目をベルへと向けるだけでなにも語ろうとしない。
しばらく、ベルとマオは見詰め合った
「お前に投げ飛ばされたよ〜な記憶があるのだが」
痛む体をさすりつついう。投げ飛ばされたというのはいい過ぎであって、実際は掛け布団をはずされて、そのときに寝返りを打って体がベッドから落ちただけの話だ。
「さらにいうなら、世界の終わりを同時に体験したような」
「それは貴重な」
少女はてきぱきと身支度をしながらいう。
「ところで、なんでお兄ちゃんなんだ?」
「だって、少しでも自分たちの身分を隠すためには、兄弟というのが一番だと昨日、お兄ちゃんも納得した」
「確かにそうだが」
着替えを探ししつついう。
「別に他人がいないときはいいと思うんだが」
「僕の母はいっていた」
「ほう」
「どんなときでも全力を尽くし、油断しない格言―――いわく」
マオはうんうんとうなずきながらいう。
「獅子は―――」
「獅子はウサギを倒すときも全力を尽くす―――」
マオはベルの言葉にフルフルと首を横に振る。
「獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすときすら全力を尽くすって、母が」
「それ間違ってる」
とりあえずツッコミをいれておく。
「でも母の教育方針もその格言」
「……それもだめだろ」
「格言の意味は常に全力」
「聞いてないぞ」
ベッドの上で着替える。
マオの話では気絶したベルを運んでいる途中、山小屋を見つけ、そこに休みを取ったということだ。この山小屋はかなり大きな造りになっていて、ちょっとした宿といってもいいぐらいだった。
この山小屋は遭難者を保護するための場所らしく、いろいろとしてくれるらしい。施設がある山は低く、遭難が多発するような山ではないのだが、山の地形とこの辺りの気候によって雪がふることがある。そのため、遭難者が続出したので政府がこの山にたくさんの施設を設けたらしい。
政府の施設を脱走して、政府の山小屋にお世話になる。そのことに彼は皮肉を感じたが背に腹は代えられない。
追っ手には見つかっていない。
追うのをあきらめた、というのはありえない。もっともこの雪の中の探し出すのをあきらめてはいるかもしれない。つまり、吹雪がやんだら、というわけである。
体のほうはいまだ疲れと痛みを伴っていたが、多少の無理ぐらいならばできるほどに回復していた。
マオはやることがないのか、手持ち無沙汰に何か机の引き出しを開けたり閉めたりしている。
またマオの様子は昨日とは変わっていた。
昨日のように落ち込む様子はなかったし、てきぱきと動き回っている。昨日のことを忘れるためにだろうか。それともあの施設から抜け出したための開放感からか。あるいはその両方か。
服を脱ぐ。
「ん?」
マオがあさっての方向を見ている。
「どうした」
「ベル、早く」
「何が」
「早く着替えて」
どうやら彼が上半身裸であるのが嫌らしい。
「お兄ちゃん、ご飯」
長い髪をまるで左右に振るようにマオは部屋を出て行った。
ほほをかきつつ、着替えて、その後を追った。
「お、兄貴の方が目を覚ましたようだね」
部屋を出てすぐのところに食堂のようなところがある。そこにはカウンターがあり、どこか食堂というような雰囲気である。
そのカウンターから若い女性が出てくる。
「兄貴が先に気絶して、妹に助けられるなんてずいぶんなさけないじゃないか」
「……」
どうやら、ここの管理人だろう。親しげに話しかけてくる。
まだ大人とはいえない男女が、山小屋に止まる。それには理由が必要だった。
とりあえず兄弟ということにして、雪の中に歩いていたのは、旅をしていてこの山で遭難していたという説明をマオがしたらしい。
問題は血だらけの服装である。
あちこちの傷については獣に襲われたりとか逃げるときに木々に引っ掛けたとかマオがいったということをベルは聞いていた。
しかし、見る人間が見れば、獣によるものか、そうでないのかというのはすぐわかるが、やはり気付かない人間は気付かないといえる。
ベルはこの管理人という人間を図りかねていた。
「どうした? まだ調子が悪いのか?」
「そうじゃない……」
ただ初対面の人間にここまで親しげにされたことがなかったからだ。
いつも、周りの人間は閉じ込めていただけだった。
「じゃ、腹減ってるんだろ?」
返事も聞かず、その女性がスリッパをパタつかせながら、カウンターの奥へと引っ込む。
「僕たちお金もってない」
「前に聞いた」
女性がそういってカウンターに出てくる。
「卵料理でいいよな」
といってフライパンに卵を落とす。
マオの話では金のないけど泊めてほしいということをいったらこころよく泊めてくれたらしい。金などあの施設の中では手に入る術がない。この山小屋は遭難者のためであるがお金は当然必要だ。
ベルは不思議に思った。
他人に優しくする。
それがよくわからない。
なぜ、そんなことをするのか。
見返りを考えずに他人になにかできるものだろうか。
それがわからない。
といっても、自分も見返りをあの少女に求めて助けたわけではない。
だから、落ち着かない。
とりあえず、町にいけばマオがなにかの役に立つかもしれないという思いは今はあるが、あの時は―――彼女を助けたときはそんなことはかけらも思わなかった。
轟々と風が窓を叩く。
一夜明けても吹雪がひどく、これでは外に出ることはできない。
それは追っ手が足止めを食らっていること、そしてまたここから逃げ出せないことを意味する。
「僕も手伝う」
そういってマオが立ち上がる。
「おお、手伝え」
そういって二人で料理し始める。
すぐに香ばしい香と油の音が流れてくる。
料理ができた。
卵料理のため、すぐにできたのだろう。
「お待ちどう」
管理人が料理を運んでくる。
「お待ちどう」
マオが料理を運んでくる。
それはなんともいいがたいものだった。
皿に載せられたものは黒い物体だった。
なにやら煙(湯気ではない)が出ていている。ほぼ黒い物体なのだが、それでも黄色い部分が多少残っていて、かろうじて卵だったことを主張している。
一方、マオの前に置かれたのは普通においしそうなオムレツである。
「……なんだこれは」
「それ私が作った」
マオはあまり感情を見せない、だがこのときばかりは彼の目から顔をそむけ、どこか申し訳なさそうな雰囲気が見受けられる。
「……待遇に若干の不具合があるようだが」
「男は細かいことを気にするな」
管理人がバンバン背中を叩く。
とりあえずその黒いものを口にする。腹が減っていることは確かだった。
口の中でそれを数回、噛み砕く
冷静になれ。
その言葉が頭の中ではじける。
半日以上も飯を食べてはいないため体は栄養を欲している。それは事実である。問題はその衝動が、この料理を見て減退が起こったことだ。
大丈夫、腹の中に入ればみんな同じだ。
しかし、無事に消化できるだろうか。
いや、俺にならできる。
「やっぱりこれは―――」
「いや、問題ない、自己暗示をかけているところだ」
「そこまでしなくても……」
マオがちょっといじけている。
「大丈夫だ、意思を使って胃の消化力を上げてから食べる」
マオはほほを引きつらせ始めていた。
体内の動きなら意思である程度コントロールできる。よって、やろうと思えば胃酸のコントロールぐらいできるだろう。
「うむ、さらにがんばれば、脳が感じる味覚の部分を狂わせて、おいしく感じることができるかもしれん。まぁ、失敗すると脳にダメージが出るかもしれんが」
「そこまでしなくていい」
マオが無表情になっていう。
「怒っているのか?」
「怒っていない」
「怒っているように見えるのだが?」
「怒っているように見えない」
といって、マオが料理を片付け始める。
「もう少し、妹の気持ちってものを考えろって」
管理人が苦笑する。
「そんなんじゃ、いい兄貴にはなれないぞ」
いい兄貴というのはなんなのだろう。
それもよくわからない。
他人のこと、つまりマオのことを考えるということなのだろう。
それが良いことなのだろう。
しかし、それがいま一つ実感できずにいた。
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