「やっぱり、死体がなかったな」
草薙はさも当然のようにそういった。
「―――それはどういう意味だ?」
友也は詰め寄る。
「いや、本当はここまで掘らなくてもわかっていたんだけどな、確認のためと、あと掘っていたらだんだん楽しくなってきてな」
そういって、喉を鳴らして笑う草薙。
「そういう、物の言い方を止めてくれないか? まるで馬鹿にされているような気がする。俺はどういう意味だと聞いているんだが」
「要するに俺が確認したかったのは、ちゃんと死体がないかということ確かめたかったんだよ」
そういって今度は土を埋め始める。
「じゃあ、本当はもしかしてこいつは殺してないのか?」
「……私はちゃんとこの目であいつが死んだところを―――」
夕菜が言い返す。
「ちょっと待て、俺は別に殺したことを否定しているわけじゃない。死体は消えちまったんだよ」
草薙は手を休めて、完全に向き直る。その顔には汗すら浮かんでいない。
「死体は溶けて消えたとでもいうのか?」
友也の問いににやりと笑う。
「正解、よくわかったな―――」
草薙はタバコ取り出して火をつけ、大きく煙を吐き出す。
「人を殺すと死体が残る。これは常識だ。でだ、人以外のものを殺すとどうなるか―――」
「……人以外?」
そう聞くと、草薙がくっくっくっと笑う。
「ああ、ほらすぐそこにいるじゃないか、お前の後ろだよ」
「ふざけるのはいい加減に―――」
草薙はゆっくりと懐に手を伸ばし、その懐から何か黒いものを取り出す。
それは拳銃だった。
「!」
一瞬、緊張が走る。
「動くなよ」
そして、引き金を引く。
小さな炸裂音がした。
その衝撃に友也は身構える。
「ぎゃぁぁっぁあっ!」
叫び声。しかしそれは友也の真後ろから起こった。
そこには人がいた。
「なっ―――」
「あれは―――」
友也と夕菜は驚きを隠せなかった。
そこにいたのは確かに呼称するならば人間だろう。
しかし、四つに這い回り、その脚には真新しい出血のあと、それはおそらく先の弾丸による傷だろう。
その目はぎらぎらとこちらの動きを観察している。
何よりの違和感はその体のバランスである。腕や脚は不自然に太いところや、そうでないところがあり、その体を支えていた。
さらに異常なのはさきほどとは無かった臭いがそこにあった。
なにか物が腐ったような臭い、それはこの男から生まれていることは容易にわかることであった。
「呼称は何でも良いがな、化け物、怪物。組織の言葉で言えば、倫理違反生物、通称は異生物と呼んでいるがな」
そういって銃を構えて草薙は照準を合わせる。
「まぁ、社会に反しているやつを社会のごみとかいうだろう。それに従えば、こいつらは世界のごみってわけだ。俺たちがやるのは世界のごみ掃除、倫理に違反するものを狩る存在だ」
そういって、引き金を引いて―――
「穿て」
炸裂音。
しかし、今度は先ほどと違った。
何かが動く。
風と風、力と力がぶつかって、そして融合し、一点に研ぎ澄まされる。それが一直線に右回転の螺旋を描きながら標的の顔面にぶつかり、貫いた。
後に残ったのは首から上がない異様な死体。その威力は頭部を消滅させ、地面に穴を空けた。
しかし、次の瞬間、残っていたその死体がまるで風に溶けるようにしてその場から消え去った。
「こいつらは死ぬとどうやら死体は残らないらしい。どういう原理かはわからないがな」
「……ちょ、いったい―――」
夕菜はうろたえ、その場にしりもちをついていた。
「目の前に起こったことが真実だ」
草薙は銃を懐にしまいなおす。
声が出なかった。
まるで状況がわからなかった。
そのあまりにも非日常なことに何も考えられないのだ。
しかし―――
死。
目の前にある死。
それは願っても手に入らない死に対する願望か、それとも逃げ出したい恐怖としての死か、それは友也にはわからなかった。
いつも意識している死。
冷静さが戻った。
見れば、いつのまにか夕菜も立ち上がって、スカートについた土を払うぐらいの余裕さえ見えた。
「今のはなんですか?」
夕菜は指差す、それは草薙のスーツの上のわきの辺り、つまり拳銃を指し示しているのだ。
「あんな小さな口径ではあんな威力はでない、いやもっと大口径の銃でだって、あんな粉々には―――」
「お前たちは才能があるな、本当に―――」
そういって友也には何がおかしいかわからないが喉を鳴らして笑う。
「異生物を倒すには三つ手段がある。一つ目は純粋に銃でも毒でもなんでもいい、物理的に殺すこと、二つ目は精神をもって抗すること、俺が使ったのは三つ目、正確にいうと一つ目の手段も併用しているがな」
そういって今度は人差し指を一本だして、地面に向ける。
「穿て」
すると、地面に小さな穴が空く。
「これが三つ目、生まれながらの特殊能力、異常者の力とでもいうかな、俺の場合は穿つということ、何かを穿つということができる」
そういって今度は銃を出す。
「そして、銃というのは貫くという特性から穿つということに似ているんだ。銃の構造はしっているか? 銃弾はその貫通力を高めるために回転を加えられていて、標的を穿つ。そういった似ている属性を使うことで両者の力を増すことができる」
銃を構え打つようなジェスチャーをする。
「また穿つというのは詮索するというような意味もある。そいつが守っているものを穿ってその中身を覗くというようなこともできる」
「……守っているもの?」
「ああ、これは俺独自のイメージだがな、相手の心の障壁みたいなものを破るイメージでそいつのことをある程度わかるんだ。もっとも上層的な部分でたいしたことがわかるわけでもない、わかるのはせいぜい性格、血液型で性格が違うといういうが、そういった大まかな性格がわかるんだよ」
そしてにやりと笑って。
「また、性格とは精神の形だ。その形が歪だと、そういった力をもつ場合が多い。その硬いから相手がどんな特殊能力の力をもっているかということもわかる。俺が声をかけたのだって、お前らの能力が見えたからだ」
そういってニヤリと笑う。
「どんな能力か聞きたいか?」
そこには非常に意地悪いというような顔があった。
「聞けば、もうこの世界に脚を踏み入れるということですか?」
夕菜がいう、その目が険しくにらむようにしてそこにある。
「お前たちはもう、すでにこちら側にいる。雪代、お前があの化け物を殺したところからだ、だからあの死体は無かったんだ」
そういって、スコップを拾いなおし空いた大穴に土をかけていく。
「お前はどうやってあの化け物を倒したんだ? その隠し持っているナイフでか?」
さっと夕菜の表情が変わる。
「そんな情報ぐらい、こちら側にすでにあるんだよ。刃渡りは17センチのナイフ。女の子がもつには少々物騒なものだ」
「……」
夕菜はますますその視線を厳しいものへと変えていく。
「しかし、相手は異生物、しかも女の力でしかもナイフで殺せるものではない。なぜか理由は簡単。それは異常者の力だ。お前は何かしらの力を無意識にしろ、なんにしろ行使して殺した。友也、お前にも似たような力がある」
そして笑ってこういった。
「協力をするんだろう。お前たちにはその能力を知ってもらい。私の手足にする。協力しなければ―――わかっているだろう?」
ぎり
歯軋り、もちろんそれは夕菜の感情が表れである。
黒い感情が渦巻いているのは傍目でもすぐにわかった。
最初、友也と戦ったときと同じ、いやそれ以上の憎しみの感情。加奈という存在を脅かすもに対する純粋な殺意。
それを隠そうともせずに解き放っていた。
しかし、草薙もそれを表情一つ変えることなく、正面から対する。そこには絶対的な余裕が存在する。
「さてと、文句はないようだから話を続けるぞ」
その言葉に夕菜がますますその表情を険しくする。
しかし、ゆっくりとその顔をそらす、そこには必死に心を落ち着けようとしているのだ。つまり、彼女もまた彼に協力するしかないということを感じているのだ。
仕方が無い、それが友也も感じていることである。
だからこそ、その草薙の言葉に沈黙で返す。
「それにな、今回の行方不明事件、それも関係している―――」
草薙はその話を始めた。
家に戻る。
家には誰もいなかった。
草薙に組織の拠点にいくということが決まって、身の回りのものを取りにきたのだった。泊り込みになるということらしい。
夕菜もまた家に帰って身支度をしている。そして草薙が指定する場所で合流という形になっていた。
親になんていうか、それは最初から友也は考えていなかった。
何度も家に帰ってこなかったことはあった。いまさら家を出るのに何か許可を求めるという気にはならない。
そんなことで親に何か言われたことはないし、そもそもここ何年まともに会話をしていない、それはこちらが拒否しているということもあるが、彼らは基本的に放任主義なのである。
自分がいようといまいと同じである。
手首を掻き毟る。
気持ちを落ち着けるためにである。
気分が陥没したかのようなイメージ。
ときどきこういうことがある。
思考が暴走しているな。
頭の冷静な部分がそう思っても取り留めの無いことを思ってしまう。
自分を他人が否定しているということが酷く嫌な癖に、なにより自分が自分を否定するしているのだ。
だからこそ、よけい自己嫌悪する。自己嫌悪は自己をゆがめ、周りとの反発を生み、他人の否定する自分への嫌悪――
そうやって思考のスパイラルに陥っていく。
「―――ん?」
いつもあるものが無かった。夕食が無かったのだ。
そういえば、朝もまた無かった。いつも同じ文章で、お金がおいてあり、昼飯を買うための金がおいてある。それも無かったのである。
それは珍しくもなんともない、なんどかそういったことが以前にもあった。それはただ単に忘れたり、忙しかったりしたせいだ。
両親はここに帰ってくるのは寝るときだけである。飯は食べて帰ってくることがほとんどであ。
そういえば、最近洗濯物が出ていなかった。
忙しさのあまり着たきりすずめになっているのかと思って、彼は特に気にはしていなかった。
忙しいのだろう、家に帰る暇もないほど。
しかし、それはもう何日になるんだ?
一週間ぐらいのような気がするし、もっと長いような気もする。
「もしかしたら行方不明なのかもな……」
その言葉はまるですぅと部屋に吸い込まれ、そして消えた。あたりはもとの静寂に包まれる。
どうでもよかった。
まるっきりそのことは他人事であった。
自分の親ではある。
しかし、まるで異国の人間が事故死したというような、川向こうの家が家事で死人がでたというような感覚。
元々、家に帰ってきていないということさえ気付かなかったのである。いまさら何を思えばいいというのだろう。
かわいそうだな。
そう思う。
しかし、その感情はまったく他人に抱く感情である。
ニュースに流れる映像となんら変わらない認識。
親が自分を否定するのなら、自分も彼らを否定しているのだ。
彼らが自分に何も言わないというのはそういうことである。なにをしてもなにも言わないということはそういうことなのだ。
必要なものをそろえ、玄関のドアを開ける。
「行ってきます」
それは癖だった。
誰もいなくても、いつも小声で言っていた言葉。自分が学校に向かうときに使う言葉。誰も『行ってらっしゃい』と返してもらうあてがない言葉。
それは今さら口にする必要のないものだった。それは自覚していたのだ。
しかし、それを癖としてではなく、友也はあえてその言葉をいった。
当然、それを返すものはいない。
それは―――決別の言葉だった。
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