連絡通り、今日は学校は休みである。
事件の規模が大きくなったいま、テレビは例の集団行方不明事件で持ちきりであることは予想できるため、つけることはためらった。ニュースは嫌いだからだ。
それでも事件のことが気になり我慢してテレビをつける。
ニュースキャスターのまるで当事者であるというような態度が彼には鼻につく。
次々と消えていく人間たち。その人数は数十人に上るらしい。
ニュースによると薄川町周辺だけに留まっているのだが、その人間に特に類似点は見られないらしい。警察は事件性があると考え、捜査をしているらしいが、ようとしてこの事件の全貌はわからない。
しかし、これだけの数の人間が一つの地域で消えるということは事件性があることは疑いようの無いことなのだが、その消えた人間は失踪という言い方しかできない。どの案件も突然、人が消えるというものだった。
あるものはちょっと目を放した隙に、あるものは目の前でいなくなったという言い方をしている。だれも連れ去られたところを見たものはいないのだ。
「いったい、この薄川市になにが起こっているんだ」
「わからない」
夕菜がいった。
場所は友也の家、夕菜が押しかけてきたのだ。
家にいた方がいいということを友也もいったのだが、失踪する人間は家にいるいないの状況に限らずいなくなっているのだ。よって家に引きこもったところで何の意味もないという。
学校側もそんなことはわかっているのだが、立場上、家にいるようにということで学校はない、家にいれば責任は親の責任であるからだ。
もっとも友也の家には相変わらず親はいなかったが。
「まぁ、それはいいけど、人の部屋をあさるな」
「あさってないぞ、Hな本を探してるんだけ―――」
「探すな」
「ってことはあるわけだ。うん、こっちの事件の方が解明しがいがあるぞ」
といってベッドの下をもぐりこむ。
「パンツが見えるぞ」
ゴン
夕菜は無言でナイフを柄に入れたまま、殴りつける。
「殴るぞ」
「もう殴られているのだが、それも力いっぱい」
「じゃあ、今度は自分の限界を超える、必殺の一撃を放つ。まぁ寿命が三年縮まるぐらい、素敵な威力のを、名前は『三年坂』でどうだ」
「そのネーミングセンスはどうかと思うぞ」
「しかもこの技のすごいところは私の限界を超える技なのに、なぜか友也の寿命を三年縮めるところにあって―――」
「とにかく止めてくれ」
とりあえず、部屋に備え付けのミニ冷蔵庫から飲み物を出す。
「お前は何が好き?」
「加奈はお茶系が好きだ」
その言い方に友也は違和感を覚えた。
「……夕菜が好きなものをを聞いているのだが?」
「だからお茶がいいって言っているんだけど」
彼女はまるでそれが当然という言い方にますますその違和感が増大していくのを友也は感じた。
と
ピンポーン
インターホンが鳴る。
「うん、もし誘拐犯だとしたら『三年坂』の封印を解くときだな」
「できれば永遠に封印しておいてくれ」
げんなりしながら言葉を返す。
インターホンごしに顔が映る。そこには昨日の警察だと名乗った男だった。
「こんにちはー」
家の外から聞こえてくる声。
居留守を使ってしまおうかと一瞬、思った―――しかし
「雪代加奈さんもご一緒ですよねー、お話がしたいんですけども」
どうやら、なぜかいるということはわかっているらしい。おとなしく玄関まで出て行く。
玄関のドアを開けるとそこにその男は立っていた。
「どうも」
そういって、何も言ってはいないのに玄関内に入ってくる。
モニター越しに見る雰囲気と実際に会うのとはその男の雰囲気はまるで違った。
男はどこか気だるい雰囲気を持ち合わせた顔、どこかやる気を感じない。それでも瞳の奥になにか秘めているという感じである。モニター越しでは何か人の良い笑みを浮かべていたが、その纏う空気を見れば、それは皮肉にしか思えないものだった。
と
その目が若干、見開かれる。何か驚いたものを見るかのようである。
次にその目はこちらを射抜くような鋭い視線を投げかけられる。
まるで友也たちの底を覗くかのように、である。
「……何か用ですか?」
確かに友也たちの様子はこの田舎では珍しいものだろう。
片方の少年は白に近い茶髪、もう一方はゴシックロリータの衣装に身を包む少女、それが警察には一種異様に見えたのだろう。
「あまり見ないでください、そういう目は嫌いです」
しかし、見た目で判断されるのは嫌いだったために彼はそのまま不機嫌であるということを告げた。
その警察の男はその目をとりあえず止めた。
「なるほど珍しい」
「ええ、生まれつきなもので」
「……あ、いやそういうつもりじゃない―――」
そういって彼は否定したが、友也にとってそれはあまり気持ちの良いものではないということには変わらなかった。
「えーと、ですね。私、警察の方から来ました草薙というものです。この辺で失踪事件が続いているのを知っていますよね」
「前にも、あなたは来ましたよ」
「え? なら覚えていないはずが―――」
友也は苦笑する。
「あの時は自分はモニター越しでしたから」
「なるほど、なら納得です」
彼はそういって相槌を打つ。
そして―――
「で、あんたらのどっちが奴を殺したんだ」
ザワ
確かに鳥肌が立ったのを友也は感じた。
あわててはいけない、口ごもってもいけない、声の質が変わってもいけない、返事が早すぎても、そして遅すぎてもいけない、あらゆる不自然を排除しなければいけない。
「―――は? いったなんの……」
それは友也自身、いつも通りだと思える口調だった。
「一昨日、お前たちのどちらかがあの男を殺した、っていっているんだよ。覚えがあるだろう?」
「あんた、そんな言い方はないだろう」
突然、草薙は問い詰めるように強い口調になったのに友也は反射的に反発する。
「いきなり、人を殺人犯扱いは止めてください」
夕菜が極端に感情を殺した声でそう非難した。しかし、感情を消した声色はむしろそこからはにじみ出る気配がある。それだけで並みの人間ならば、しり込みしてしまうような顔。
「本当に知らないのか?」
しかし、草薙はそんなことは意に介さないというような顔をしている。どうやら夕菜に隠れた感情に気付いていないのではなく、知っていて、知らないふりをしているという感じである。
「知りません」
夕菜は断言する。
「おびえなくていい、別に捕まえるとか、そういうのじゃない。情報が欲しいだけなんだよ」
「……あんた本当に警察か? だったら警察手帳を見せてみろ」
「俺は警察の方から来たんだよ」
その含みがあるいい方に友也は気付く。
そもそも本物ならば、市民に身分の証明をしろといえば警察はそれをする義務があるのだ
友也はぴんと来た。
「つまりは警察の方からっていっても警察がある方からやってきたって言う意味か、実際は警察の人間ではないということか?」
「想像に任せる、公的機関の一員という言い方ならできるな。そういうわけで協力を要請する。場合によっては報酬もでる」
彼は友也の言葉を否定しない。つまりは警察ではないということだ。
「お断りします」
夕菜は協力しろ言葉を拒絶する。
「報酬はそうだな、お前たちがやったことをばらさないというのはどうだろうな、きっとそれはお前たちにとっていいんじゃないか」
ぎり
歯軋りの音が確かにすぐ側で聞こえた。それは夕菜が必死になって感情を抑えているためだった。
「シラをきっても無駄だ。警察が本当に調べたら、すぐにわかる、素人に証拠を隠しきることはできない」
しばらく、あたりには海の底に似た重々しい沈黙が満ちる。皆が黙って、その場にたたずむだけである。
しばらくたって、友也は口を開く。
「……もし俺たちがあなたに協力するのなら、そのことを秘密にしてくれるのか?」
男は頷く。
「ああ、こっちはそんなものには構っていられないんだ」
「わかった」
友也の言葉に特に夕菜は反応しなかった。文句はないということの意の表れであり、同時に納得できないがという意味も含まれている。それゆえの無反応なのだ。
「で、協力とはどうすればいいんだ」
男は簡単だ、といってにやりと笑い。
「お前たちが埋めた死体を見せてくれ」
そう、その男はいった。
神社に着いた。
当然ながら神社はこの前と来たときと違いはあまり無かった。
だた時刻は前に来たときも幾分早いという違いがある。
あの時は日が落ち始めていたが、時刻は今は昼過ぎという具合である。ここにいたる過程でも僅かに汗ばむ陽気であった。
ここに来るまでずっと無言だった夕菜が口をようやく開く。
「この神社の裏を少しいったところに、埋めてある」
その言葉に従い、三人はそこに向かう。
そこはちょっとした広場のようになっている。さらにその先には蔵のようなものがあり、、神社の物品がいくらか入っているのだと思われる。
その間の場所、そこが夕菜が指し示す場所だった。
最初に友也は血の跡がないことを不思議に思った。
電話の印象ではかなりの出血があったというのが先入観があったためだ。しかし、そういえばあの電話の後に酷い雨が降ったのが思い出された。ようするに血の後は全て洗い流されたのだ。
「ここだな」
草薙が指し示す。
そこには言われて見なければわからない程度だが、僅かに土の色が変わっている。何か土を掘り返した場所であるという証拠である。
草薙が友也家から持ってきたスコップを取り出して穴を掘る。
それを黙って、友也と夕菜が見下ろす。
「どれぐらい掘った?」
「2メートルいかないぐらい掘りました」
「女にしてはすごいな」
草薙は手を休めず、さらに掘っていく。
確かにただの女性ならとてもできるものではないが、少女にしては異常な力をもつ彼女ならそれも可能である。
しかし、草薙もまたかなりのスピードで掘っていく、体力、腕力ともにすごいものだが、持久力も目を見張るものがある。休み無く、あっという2メートル以上掘ってしまったからだ。
しかし、それでも死体は出てこない。
「穿てれば簡単なんだが、もしも死体があったら、死体ごと大穴を空けちまう可能性があるからな」
誰に向けたともつかない、意味不明な独り言をいう草薙。
「もっと広げてみるか」
そういって、先ほどの穴のふちにスコップを突き刺す。
作業が始まって1時間ほどたった。
「さてと、ずいぶん大きな穴になったが―――」
そこには数人埋まることができるような大穴があった。
それも草薙一人だけでここまで掘ったのである。
「何、穴を空けるのは得意でな」
こちらが呆然としているのを見て取って、人を食ったようなことをいった。
「ここで間違いはないのか?」
「間違いは無い―――はず」
夕菜は多少表現は弱かったが、それでも言葉自体は強くいった。
「しかし、これだけ掘っても無いということは、何か勘違いしていたということはないのか?」
その友也の問いに草薙はあごに手を当てて、
「……少なくても、つい最近、この辺を掘ったような形跡があった。土が軟らかい部分があったからな」
「ふむ―――」
草薙は地面にスコップを突き立ててこういった。
「やっぱり、死体がなかったな」
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