きっと最善な終わりの時A 


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 そう、忘れてしまえばいい。
 忘れてしまえば無かったことになる。考えなければそれは存在はしないのだ。
 友也はうす暗い室内に明かりとテレビつける。
 まだ時刻は十六時を少し過ぎるという程度である。それでも薄暗いのはこの部屋のカーテンが締め切っているためもあるし、もともと日当たりが悪い家なのだ。
 机の上には今日食べる夕食が置かれている。両親は小さいころから共働きであり、いつも一人で彼は飯を食べていた。
 しかし、机の上にはそれがなかった。だが、彼にとってはどうでもいい、別にいくらでも何とかすることができるからだ。
 彼はあまり親と会ってはいなかった。すれ違いの生活のためである。帰ってくるのは遅く、そして朝早出て行くのだ。
 テレビはニュースが流れていた。
 彼はニュースが嫌いだった。
 嫌いなものは多いが、このニュースというものはそのランキングでもかなり高い位にある。
 なにが嫌いかといえば、淡々と流れる雰囲気が嫌いなのだ。目を覆いたくなるような事件や微笑ましい話をすべてごちゃ混ぜにして流す。なぜこいつらはそんなものを同時に流せるのだろう。
 そんなごちゃ混ぜな癖をしていて自分たちはさも、この事件は悲しい事件だとか話している。再発防止のためにどうたらこうたら―――
 自分たちはその事件の当事者でもないのに、その事件を平気な顔をして語っているのだ。それらがどうしても気に入らないものだった。
 友也の視界に電話が入る。
 あの電話は何かの間違いであるのだ。
 そう考えて思考を切ってそれ以上考えない。考えなければ存在はしない。考えなければ忘れてしまい。消えてなくなるのだ。
 面倒ごとはたくさんなのだ。
 と
 ピンポーン
 来客を告げるインターホン。
 人と合うのは基本的に彼は億劫なのだが、この家には誰もいない。だからといって居留守をしてもいいわけだが、とりあえず出ることにする。
 モニター越しに確認せずにはいられない、もし―――だったら。
 ……誰だったら問題があるというのだろう?
 彼の口元に自嘲気味の笑みが浮かぶ。
 モニターの中にはスーツの若い男が立っている。彼にとって見たことが無い顔だった。
「どちら様ですか?」
 その男はどこか薄い笑みを浮かべたまま、
「警察の方から来たものですけど」
 そういった。
 正直、警察にはいい思い出が無い。それに警察に質問を受けるような心当たりも無いわけではない。
 つい先日も喧嘩をしたばかりである。かつ上げされたのを返り討ちにしたのだが、そのことかと彼は思ったのだ。
「……なんですか?」
「いえいえ、少々ものをお尋ねしたいことがありまして」
 そういって物のやわらかい言い方をする。友也の緊張がその男に伝わったためだった。彼はどこか軽い物腰でそういった。
「……ちょっと、外に出るような格好じゃないんで、このままでもいいですか」
 男はにこりと笑って頷く。
「このあたりで、失踪事件起きましてね」
「失踪事件……ですか?」
 どうやら自分に関係することではないようだ。
 そう思い緊張を解く。
「ええ、それに関して少々聞きしたいことがありまして―――」
 その警察はなにか思い当たることはないかということ。
 思い当たることは特にないといったらその男はお辞儀をして帰っていく。
 ローカルな地元のテレビ局にテレビのチャンネルを変える。ただの失踪事件ならどこにでもある。しかし、もしかしたらローカルなテレビ局ならその情報があるかもしれないからだ。
『薄川市―――失踪事件―――』
 どうやら丁度良くそのニュースがやっているようだ。
『見かけた方は情報を―――』
 そのニュースがいうにはやはり失踪事件があったらしい。警察が言っていた通り、四十代男性らしい、職業は医者、失踪の動悸は見当たらないらしい、写真も出ていた。自分の知る人間ではないからそれはどうでもいいのだが―――
 何か引っかかる。
 おかしなことがある。
「……なんで警察がただの失踪事件に動いているんだ?」
 失踪などということはそれこそ、きりが無いほど起きているのだ。いちいち警察は捜査などはしない。
「……どういうことだ?」
 失踪事件、つまりは人が消えてしまったということを言っていた。そして昨日の電話がつながる。あまりにもタイミングが良すぎる。
 つまりそれは―――
「ばからしい」
 そうかぶりを振る。だが否定すればするほど、その思考は彼の中でどんどん大きくなっていった。


「ばからしい」
 そう口で言いつつも彼はその裏山に来ていた。
 場所は学校の裏手にある山である。そもそも学校自体が山の斜面に作られていて階段状に学校が形成されているので、全方位が山なのだが、他に呼び方がないので通称そこは裏山と学校の人間に呼ばれていた。
 あたりはまるで空を覆うように、うっそうと木々が迫ってきているために薄暗い、道自体はある程度、踏み固められていたはずだったのだが、昨日にふった酷い雨で地面は少々ぬかるんでいるために若干歩きにくい。
 そのため彼は早めにケリをつけたいそう思っていた。
 ケリ
 いったいケリをつけるとはどういうことなのだろう。
 そう自嘲気味に笑う。
 大体、何をどこで探すというのだ。彼女は電話で裏山としか告げていない。そんなに大きな山ではないが、一人で探すには広すぎる。
 休憩のためその場にあった石の上に座り込む。当ても無く山道を歩くという行為は彼自身の体力を奪っていたのだ。
 ついでに彼は考えを整理する。
 あの電話、昨日の人を殺したという電話が発端である。しかし学校で聞けば彼女はなぜかそのことについて知らないということをいっている。だが間違いなく、あの電話は雪代からのだった。
 自分がこの裏山に来たのは別に正義感というものではない、最初からそういった歪んだものはもってはない。もし持っていたとしたら、あのあと警察のところにいってこんな電話があったということを話すだろう。
 自分はただ気になっただけだ。
 あの雪代が本当にそんなことをしたのかということ。
 この一点に尽きる。
 彼女が本当にそんなことをしたのか。当然していないと自分は思う。よってこんなところを探しても無駄なのだが。自分が納得するまで探して、ほらなかっただろうと自分自身を安心させたいのだ。
 思えば彼女は小学生の時はよく遊んだものだった。あのころの自分は今とは違い活発でどこにでもいる活発な男の子でああった。彼女は引っ込み思案でどこか臆病なところがあった。
 自分たちは互いにまったく正反対の性質を持ちながらもなぜか一緒にいることが多かった。やがて男と女ということを意識するようになると、どちらとも無く付き合いがなくなっていったのであった。
 彼女は人を殺していない、そもそもそんなことができる人間ではない。
 本当にそうだろうか。
 ただ自分は今までの経験に基づいているだけに過ぎない。いままで身近な人間が人殺しなどしたことはない、よって自分の周りではそんなことは起こるはずが無いとそう考えているだけだ。
 そもそも自分は現在の彼女という人間を何もしらない。あんな電話をもらうまではほとんど会話すらしていなかったのだ。
 人は変わる、自分のように悪い方向へと変わる人間はいくらでもいるのだ。
 そんなことをつらつらと考えていると、だんだんと日が落ちてくる。
別に彼には急ぐという気持ちはなかったが、暗くなってきたら、山の中を歩き回るということはできない。
 しかしこの裏山の一体どこを―――
 何か今、頭の中にひっかかる言葉があった。
「……裏山」
 なにかそれがキーワードのような気がする。
 雪代は電話で裏山に来てということをいっていた。細かい場所の指定はしていない。だから場所はわからない―――
 いや。
 思い出せ小学生のときを。
 小学生のとき雪代とは良く遊んだ記憶がある。よくこの裏山で遊んだため、裏山については詳しいため迷うことはない。
 裏山
 そう、いつも彼女は―――
『いつもの裏山で待ち合わせね』
 ―――そういっていた。
 つまり彼女が『裏山に来て』というときは―――
「あの場所か」
 そういって彼は思い出の場所に向かった。


「懐かしいな」
 小学生のとき以来この場所には来ていなかった。
 苔むした石段を上りきるとそこには小さな古い鳥居があった。
 色あせた鳥居は朱色を失い、錆びたような色をしてまだらな色合いになっている。
 それは最初から朱色ではなない鳥居なのかそれとも違うのか、少なくても小学生のときからこの鳥居は赤くは無かったと彼は記憶していた。
 今は鳥居はおろか、境内も夕日により紅になっていた。
 彼の記憶の中の鳥居は大きく見えていた。しかし今はそれほど大きいとは思わない、これが時を経た証だろう。
 鳥居の先にはやはり古ぼけた神社がある。境内は草があちこち生えていてそれでも完全に草が生えていないということはある程度は人の手が加わっている証拠である。もっとも、せいぜい草抜きと掃除程度のもので古ぼけているのには変わらない。
 あたりはすでに日が落ちかけている。しかしそれでも月も出ているために見通し自体は少々時間がたっても大丈夫である。
 あたりに人はいない。
 耳に届くのはただ草木がかすれあうような声と僅かな虫たちの鳴き声。
 そもそも『裏山』と彼女がいったから昔と同じように裏山をさすとは限らない、もしかしたら他の場所を示しているのかもしれない。
 それは当然、彼の頭の何にあったが、ここ以外に心当たりがないのだ。
 風が吹く。
 それが山登りで火照った体を冷やしていく。それは彼には非常に心地よい。
 それが―――
「―――っ!」
 一気に不快になる。
 体全体に寒気が走る回り、冷たい汗がどっと噴出してくる。
 空気の流れが止まり、よどみ、ねっとりとまとわりついて離さない。それはまるで濡れた服を着ているような感覚をもっと濃密にしたかのような、そんな感覚に友也はとらわれた。
 それらの不快の元は全て背中の向こうからやってくる。
 そこに―――誰かいる。
 背中越しでも友也にはわかった。距離にして数メートル。丁度鳥居がある辺りである。
 振り向かなくてもわかる。それほどの濃い気配。
 むしろ彼には振り向くことはできなかった。振り向けば、それは何かが始まってしまうような気がしたからだ。
 文字通り金縛りにあって一歩も動けない。
 数分かそれ以上か、もしくはわずか数秒か、彼自身は時間の感覚は緊張のためまともに働かなかったためにそれはわかなかった。
 変化は何の前触れすらなかった。
「―――っ!」
 思わず声を上げそうになったのを彼は首の皮一枚のところで押さえた。
 黒い怪物がぬぅと地面に伸びてくる。
 ただの人影なのだが、夕日の中。今はそれが黒い怪物のように細長く引き伸ばされ、まるで地面が黒く切り裂かれたかのようである。
 カサカサカサ
 強い風が吹き、まるで草たちが悲鳴を上げるかのように大きく騒ぎ立てる。しかしいつの間にか虫の音が消えていた、まるでこれから起こる惨事から逃げ出すかのように。
 強い風が吹いても、まとわり空気はいまだ解けない。むしろ風さえもべっとりと粘着性をもっているかのようだ。
 ジャリ、ジャリ
 砂利を歩く音がじょじょに近づいてくる。
 いまや影はどんどんと伸び、友也を超えていく。つまりまっすぐとこちらへと向かっているということだった。
 すぐ後ろにいる。
 それは濃い不快がすぐ後ろにいたからだ。
「こんなところで何をしているの?」
 あまり感情を感じられない無機質の声。だだ疑問に思ったから聞いた。そういった雰囲気を感じるだけの言葉。
「……雪代か?」
「そっちに何かあるの? こっちを向いてよ」
 雪代の言葉は学校で話していたのとなんら変わらない口調である。咎めるわけでも非難するわけでもない―――
 だからこそ、恐怖する。
「こんなところで何をしているの?」
 もう一度、同じことを加奈はいった。
「しかもこんな時間に、すぐ暗くなっちゃうよ」
 振り返る、そこにはいつもとなんら変わらない雪代がすぐ後ろに立っていた。
「……いや、ただの散歩―――」
「散歩ってわけじゃないよね」
 友也の言葉を制するように雪代はいった。
 確かにこんな山の中を、しかも暗くなってくるころに一人で散歩するというのはおかしな話である。
 雪代はさらに一歩前に出る。
 辛うじて後ろに下がることは無かった。
「君は電話を聞いてここに来た? そうだよね?」
「違うっ」
 否定しなければいけない。反射的にそう彼は思った。肯定してしまえば、始まってしまうそう思ったのだ。
 始まる。
 先ほどもそう思った。一体何が始まるというのだろうか。
「昨日、私は電話をかけたよね? どんな電話だったかな?」
「それは―――」
 一歩、下がった。もう下がらずにはいられなかった。
 彼女をまとっていた圧迫感で押し出されたのだ。
 しかし、彼女がそっとやわらかくこちらの顔を左右から両手でつかむ。
 その力は弱く、振りほどこうと思えば振りほどけた。
 しかし、振りほどくことは友也にはできなかった。振りほどこうとどうしても思えなかったのだ。
 彼女は友也の顔をそっと引き寄せる。それはほほとほほがふれるようなそんな距離である。
 そして彼女は耳元でこう、囁いた。

「私が人を殺したって電話だよね?」

 
 

 

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