きっと最善な終わりの時@


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 静寂を切り裂く、けたたましい電話の音。
 時刻は日が落ちてきて夕と夜、どちらともつかない。薄暗さを感じる時間帯。室内に入ればますますその暗さは増していく。
 天気は悪い、しかし雲間から月光が差し込み、完全な闇ではない。真の闇ではないこと、それが逆にその室内にある家具を、不気味な蒼い色に染め上げている。
 その蒼い家具たちは鎮座するようにして、そこに存在していた。それはこの家の主よりも主らしく、そこに横たわっている。
 蒼い世界の中、電話の着信を示すグリーンの光が彼の目に触る。
 家の電話に彼はあまり出たくは無いものだった。どうせ勧誘か、彼には関係のない電話だとわかっていたからだ。
 それでも彼が電話に出たのは、あまりにもそれがしつこかったこと。そしてそれが叫び声を上げているかのように耳障りに聞こえたからだ。
「はい、朝比奈ですが」
 しかし、その相手は何も返さない。
 ただ聞こえるのぜいぜいとした荒い息づかい。
 なるほど、いたずら電話か、そう判断し―――
『……朝比奈君っ?』
 まるでかすれるような少女の声が電話の向こうから聞こえた。
「え? あ……雪代……か?」
 言い淀んだのは予想だにしない人物だったからだった。雪代加奈、小学生のころは付き合いがあったが今は疎遠になったクラスメイトである。
『来て、今すぐ、裏山に来てっ』
「―――え?」
『私、そ、そんなつもりなんてまったくなかったのに、な、なんだかよくわからないことになって、いっぱい、いっぱい出てきて。止めようと手でふさいだんだけど、ぜんぜん止まらなく―――』
 先ほどとは打って変わって、捲し上げる彼女。
「ちょ、待て、何を言っているんだお前は?」
『でも、でもっ―――』
叫びのような声が頭に響く。
 そのあまりにも悲壮というような雰囲気、それがまるで電話口からにじみ出てくるかのように伝わってくる。
 それに引き込まれないように、ゆっくりと彼は言葉をつむぐ。
「いいか、深呼吸してみろ」
 彼女はそれに習い、電話越しに深呼吸をする。しかし、それは彼にとってみれば、今までと同じく激しい息遣いにしか思えなかった。
 それでも効果が幾分あったのか、荒々しい息遣い自体は収まった。
「いいか、何があったんだ?」
『わ、私―――』
 
『―――殺しちゃった』
 
 彼は言葉を失った。
『いっぱい、いっぱい血が出てきて、押さえたけど血、血、血、血がいっぱいいっぱい。少し飲んじゃって気持ち悪くて、私、そんなつもりはなくて、それでもおかしいくて。あは、あは、あはっはっはははっははははあははっははあは―――』
 彼女はそう狂ったように笑っていた。
『だから―――来て』
 ブツ
 そう残して電話が切れた。
 ツーツーという断線を示す音。そしてそれが合図のようにしてスコールのような雨が降ってきた。
 いつの間にか月光が雲に隠れ、部屋の中は真の闇に包まれていた。
 闇に残されたのはただ、電話のグリーンの明かりだけだった。 


第1話 陰気な朝


 全ては朝起きたときに決まる。
 今日がましな日なのか、それともそうではないのか。
 まるで深いところにいるような感覚が朝から続いている。
 今日はハズレである。
 いや、ここ数年、ハズレばかりである。
 理由は予想ぐらいついている、よく思春期はそういったことがあるという知識的にはあったが、これほど自分を―――
 そしてぼりぼりと手首を掻き毟る。
 それは彼なりの思考制御である。これ以上、思考するなという思考。違うことをして何とか紛らわすしかないのだ。
「っ―――」
 痛みが走る。
 掻く頻度が高いために、皮がむけてかさぶたになっていてところをはがしてしまったのだ。
 それを制服のすそで隠す。手当てはするほどではない。
 友也は改めてその部室を眺める。
 そこにいるには十人にも満たない人しかいない。
 最初は新聞部といういかめしい部活が人気が無いのかと思っていたが、友也はそれは間違いであるということがすぐにわかった。
 つまりここにいる人間は―――変わり者だけだ。ということだ。
「さて、ここの一面を飾るような大きな記事が欲しいな」
「どんな記事を作るかよねぇ」
 部長と副部長が会議をしている。
 ちなみにこの新聞部の記事は全て自作自演なのである。
「じゃあ、連続密室湯煙通り魔殺人事件。復讐の赤い花に美人女将は暁に謳う、というのはどうかしら?」
「……連続で密室で湯煙なのに通り魔なのか? それから女将ってなんだ? 一応校内新聞だから校内にしてくれ」
「そうね。流石に校外の事件を取り扱うのはだめね」
「そういう問題なのかよ」
 友也は嘆息しながらその会話にツッコミを入れずにはいられなかった。

「朝比奈君」

「……雪代……」
 その声はすぐ近くから聞こえた。
 友也が振り向くとそこには少女がいた。
 白と黒のツートンカラーの上下の服。ひらひらのかわいい印象を受けるものだが、胸の中央には十字架がモチーフになった装飾が施されている。また上着には蝶を連想させる模様もまた入っていた。いわゆるゴスロリと呼ばれる服装だった。
 この学校は私服でもいい。しかし、制服の人間もいる。その比は8対2といったところである。主に服装に無頓着な人間が制服を着る傾向がある。だが、友也自身もいちいち服を着るのが面倒という理由で制服を着ていた。
「今日は部活参加してくれるの?」
「……冗談」
 そういって立ち上がる。
「新聞部には代々伝わる、罰ゲームがあってね、幽霊部員には顔に落書きをしていいんだよ」
 雪代はこちらに続けざまにしゃべりかける。
そこにいる部員の同意するように皆が頷く。
どうして新聞部と顔に落書きがつながるのか友也にはわからなかった。
「そうよ、朝比奈。このペンでやるのよ」
 そういって副部長がごそごぞと机の中を漁り出す。
「勘弁してくれよ。どうせ先輩たちのことだから油性で書くとかいうんだろう?」
 友也は肩をすくませて帰る支度を始める。
 この部にいるのはやはり変わりものが集まっている。彼のような人間をかまいたがるのだから。だれもが彼を腫れ物のように扱っているのに、ここは親しげに話しかけてくるのだ。だからこそ彼は居心地が悪さを感じていた。
「まさか、このペンよ」
「……それ鉛筆なんだが?」
「これでぐりぐりと書きます」
 副部長はいたって真顔でそういった。
「……鉛筆じゃかけないぞ」
「大丈夫、がんばって何度も書けば赤い線がしっかりと―――」
 雪代が笑いを押し殺したような口調で続ける。
「それはみみず腫れだ」
「血のつもりでいったんだけど」
 雪代はそういって笑い出す。
「なお悪い」
 友也はそういうことしかできなかった。
 早く帰りたい。帰って寝てしまいたい。
 自分には嫌いなものが多かったが、この学校も最たるものである。
 自ら行きたいとは思わなかったし、また行かなければならないような理由も見出せなかった。それでもこうやって最低限、留年しないように通っているのは、学校というものは資格というようなものだと解釈していたからだ。
 資格ならば、取っておいて損はない。
 もっとも干渉されるのだけは困ったものだと感じていた。
 それは時に先生であり、クラスメイトである。
「朝比奈友也」
 彼は視線を送って自分がいるということを示す。すると目が合った若い先生があわてて目をそらす。
 そんなに俺は嫌われているのかね、もっともこっちも決して良い感情を持っているわけじゃないが。
 思わず口元に自嘲気味の笑みが浮かぶ。
 彼がそういった目で見られるのはこの髪の色が一つにある。白に近い茶色。別に染めているわけではない、生来のものなのだ。
 こういった特殊な髪の色をしていると、毛髪検査の際にひっかかることもあった。流石に今は黒くしてこいといわれることはないが、彼が地毛だと知らないころはひと悶着もふた悶着も起きた。
 彼自身、見た目のことを指摘されるのは嫌いである。そんなことでついつい先生たちには反抗的な態度をとってしまい、それは結果的に不良というレッテルをはられるのだ。どこか鋭い相貌もそれに拍車をかけている。もっとも、素行が悪いというのは事実であり、否定することはできないのだが。
 そのためあまり人付き合いが好きではなかった。彼らはいつも外見で判断するからである。それ自体を彼は批判する気はない、自分もまた他人を外見で判断するからである。
 しかし仕方がないとわかっていても、やはり外見で判断されるのがどうしても気に食わなかった。そのため人を否定するしかない。
 その先生は名簿を見ながら、この授業に来ている人間の確認をしていた。
 この高校の授業には部活という授業がある。カリキュラムに組み込まれているのだ。六時間目の授業なのだが。当然、それには単位というものがあるために出席しなければ留年になってしまうのだ。
 それゆえ、部活というのに友也のように消極的な人間にとっても出席しなければならないのだ。
 しかし、それでも授業という形を取っている以上、それほど長い時間が拘束されるわけではない。それにやろうと思えば最初の出席さえすることができれば、あとは帰っても問題があるわけでもない。対して部活にまじめな生徒はこのまま六時間目から部活をぶっ通しでやるというわけだった。
 友也が所属しているのは新聞部だった。
 部活を選ぶ際に申告することになっていたのだが、それをめんどくさがってしなかったために、この人気がない部活に入れさせられたのだった。
 別にそのこと自体に彼には不満はない。もともと部活など彼はサボるつもりだったからだ。所属する部活はどこでもサボるには問題はない。
 やがて、先生が教室から出て行く。
後は生徒の自主性に任せるというスタイルなのだろうが、実際は手抜きだろう。そう友也は思っていた。
 副部長と雪代がまるで掛け合い漫才のような会話をしている。
 そのやり取りに雪代がころころと笑う。
「なぁ、友也」
 他の部員が耳元にきて、小さな声でこういった。
「お前と加奈ちゃん仲が良かったっけ?」

「もう、まともに何年も話していない」

 昨日の電話のことが思い出される。あの人を殺したといっていたあの電話である。
 彼自身、同じクラスであるために学校に来ているということは知っていたし、その様子は遠目ながらも、いつもと変わった姿はなかった。
 そもそも朝比奈友也と雪代加奈は親しい間柄というわけではない。会話などしたこともないぐらいなのである。そんな相手にあんな電話をもらい、そしていつもは会話をしてなかった相手に声をかけられる。それは異常である。
 雪代は友也が見ていたのに気づき小首をかしげる。
「?」
 その視線に彼女は、どこかはにかむような笑みを見せた。
 昨日のことが頭の中で壊れたCDのように何度もリピートする、人を殺したという電話。そして耳につく笑い声。
 あれは果たして現実だったのだろうか。
 目の前の少女からは昨日のことはまるで最初からなかったかのように振舞っていた。昨日のことはまるで夢である、そんな妄想さえ彼の頭には浮かんだ。
 頭を振る。
 いや、それは違う。あれは現実である。頭の中にこびりついて離れない現実。それはあまりにも現実と離れていたものだから現実ではないというような処理をしたがっているだけだ。
 そして彼は意を決する。確かめるためにいう。
「な、なぁ、雪代、昨日、俺に電話かけたか?」
「……かけたっけ?」
 彼女は小首をかしげる。
「私、なんていっていた?」
「……いや、覚えていないならいい、たいしたことじゃない」
 会話はそれっきり、終わってしまった。
 背を向けて、教室を立ち去ろうとする。
 と
 彼は視線を感じた。
 背中からこちらに強い意識を向けられている。それも負の感情である。
 これは良く友也が喧嘩をするときに感じる感覚と似ていた。つまり敵意が向けられている。
 ゆっくりと振り向く。しかし、そこには笑っている雪代がこちらを見ているだけである。
 異常は何もない。
 いままでこちらに向けられていた敵意も消えうせていた。
「……?」
 こちらの様子に小首をかしげる雪代。
 気のせいではない。
 彼は心の中で断言する。
 しかし、それでもこの場を後にする。
 後ろに気をつけながらである。

 

 

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