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 夢
 夢を見ていた
 俺はこれを夢だと思った
 何度か見た夢だった
 雪がとけ春が来て、夏がまだ来ていない、そんなとき
 あいつが帰ってきた
 あいつはあいつがおかしくなっていたことを忘れていた
 もしかしたらそれは当然のことなのかもしれない
 あのころのあいつはおかしかった
 だから覚えていないといわれればそれはそうなのかもしれない
 でもそれは―――
 同時に―――
 自分と真琴の距離さえ―――
 
 ―――「起きて裕一ぃ」
 ―――「よーし、最終兵器登場」
 ―――痛い。

 一日目
 目が覚める。昨日寝る前に閉めたはずのカーテンはすでに開けてあり、容赦なく日差しが飛び込んでくる。
 まだ気温も低く肌寒い。夏というわけではない。
が、それはやがてやってくる、そんなことを主張しているかのような日差しに目を細める。
 もっとも夏になったとしても、あまり熱さを感じるというほどではないのかもしれないが。
 問題はそんな素敵な日差しではなく―――
裕一「俺の顔に洗濯バサミがやたらとついているということだ」
 俺は眠い目をこすりつつ、顔の洗濯バサミをはずしつつ部屋のなかを見回す、もちろん犯人を捜すためだ。
 部屋はベットに机、読み散らした雑誌がある。きれいに片付けてあると自分では思っている。この家の住人は女性のほうが多いため、その辺のことも少々気にしているためだ。
 もっともいうには引越ししたときと比べると私物の量が増えているせいで、なんとなく片付いていないように見えてしまうということ名雪にいわれるが。
 結局、ベッドの上でまわりを見渡しても犯人を見つけることができない。
 どうやら、この部屋のどこかに犯人が隠れているようだ。
裕一「ふむ、こういうときは『模様替え』の出番だな」
 がたっ
 ドアの方で何かの衝撃音が発生した。見てみるとドアは開け放たれている。なおかつそのドアは部屋の内側に開いており、ちょうど人がドアの陰に隠れることぐらいはできる。
??「あぅー」
 犯人は激しく反応したらしい、しかも音からして頭をドアにでもぶつけた音だ。
・・・どうやら前にクローゼットの中に閉じ込めた素敵な記憶(おもいで)は彼女の胸にしっかりと刻み込まれているらしい―――無論、心の傷としてだが。
??「いったぁああ」 
 俺は気づかれないように、忍び足でドアをいっきに閉める。つまり隠れている人物をだすためだ。
 そこには
裕一「真琴・・・いや」
 まさに、ぴたっと壁にはりついている。まるで―――
裕一「真琴っぽいゴキブリだな。」
真琴「だれがゴキブリなのよぉ!!」
 真琴は怒って、壁にぴたっというのをやめた。
裕一「じゃあ、ゴキブリっぽい真琴」
真琴「だれのことよ!」
裕一「おまえだ!おまえ!」
 俺は真琴をにらみつついう
裕一「そもそもお前はどうして毎日朝、いたずらをするんだ!」
真琴「なによせっかく起こしてあげたのに!」
裕一「普通に起こせんのか、お前は・・・」
 いつのまにか眠気はさめていたが今は怒気がふつふつとわきあがってくる
裕一「だいたい洗濯バサミを人の顔につけるとはなに考えてんだ、お前は」
真琴「おかげで目が覚めたでしょ」
 真琴はニコっと笑う。
本当によく表情がころころかわるやつだ。
「お前、今度ドアの陰とかに隠れたら、強制的に部屋の模様替えをするからな、今度やるときは一日分の非常食を用意しておけよ。」 
 真琴は実際には舌を出さずに『べー』と口でいってからでていく。
 と、いったいどこにいたのか、それに遅れないようにピロ(正式名称ピロシキ)はドアが閉まる一瞬前にでていった。


一階に降りてくると、名雪が寝ぼけたままパンにジャムを塗っている。
裕一「めずらしいな、名雪ずいぶん早起きじゃ―――」
 ―――が、その瞬間俺の思考はフリーズした。
 遠目で見れば名雪がいつもの机でいつものように食事をしているだけだった。
―――ただし、なぜか黒いジャムをぬっている
 なおかつ名雪の手元には『ごはんで○よ』のビンが―――
裕一「おい、名雪」
名雪「パンにジャムを―――」
裕一「それはジャムじゃなくて『ごはんで○よ』だぞ」
名雪「―――ぬって食べる」
 いつもどおりに寝ぼけているようで、こちらの言葉は名雪の脳内には伝わっていないらしく、自分でいったとおりに、そのままその『ごはんで○よパン』を口にする。
 もぐもぐもぐと数回、口をうごかす。
名雪「・・・しょっぱい」
裕一「あたりまえだ!」
 名雪はビクッと反応して、俺の声にちょっと驚いた顔をしていう
名雪「・・・あれ? 裕一、いつのまに降りてきてたの?」
 俺は思わず頭をかかえた
 今度は自分のパンを見て驚く。
名雪「わ、びっくり、今日のイチゴジャム真っ黒いよ」
 俺は朝から頭が痛くなった。
 どうやら早起きではなく、単に寝たままで居間にきていたらしい。
真琴「はい、牛乳」
 真琴が台所からでてくる。
 真琴は秋子さんの手伝いをしている。最近はとくに自分から手伝いをするくらいだった。真琴は少しずつ変わってきていた。秋子さんの手伝いを率先してやっているのもそうだ。あれ以来だった真琴が変わってきたのは。
 あれ以来―――つまり真琴が帰ってきてからということだ。
 真琴が帰ってきたことはいまでもはっきり思い出せる。約一ヶ月前の話だ。


 回想
 雪がとけ、風と日差しと花が歌われる季節。
 新学期になり始業式の帰り道、俺は一人ものみのおかにきていた。
 学校の行き帰りを真琴と一緒に歩いたことを思い出した。すると、ものみのおかに足が自然と向いたのだった。
 俺は一人、草原に寝転がっていた。
 風がそよぎ、暖かい日差しが降り、そして花の香りが俺を包み、俺は一人でいる。
 それらを肌で感じる。
裕一「いい天気だ」
 俺は一人つぶやく。
 俺はこの、ものみのおかに来ることがよくある。
 学校の行き帰りでよく真琴と一緒に歩いたことを思い出していた。
 風と草がさわさわと語り合う。それでも俺は一人でボーっとしていた。
 一人である。
 一人である。
 一人である。
裕一「・・・」
 一人であるはずだった。
 が
 音がした
 鈴の音が
 視界の端になにか見える。
 髪が見える
 服が見える
 靴が見える
 顔が見える
 真琴がいる。
 真琴が寝ている。
 俺の近くに真琴が寝ている
 俺は・・・目の前のことに信じられなかった


 最初はとても俺は信じられなかったが今では水瀬家では真琴の存在は当たり前のものとなった。いつもどおりの日常、それがとても幸せな事に真琴には気づかされた。
 秋子さんの手伝いなどの、それらの変化は俺にとっては微笑ましいものである―――
真琴「なににやにやしているのよ。裕一、気持ち悪い。」
 ―――でも、性格の変化はとくに見られない
真琴「料理に挑戦してみたの」
 といって少し大きめの皿をテーブルの上に置く
 それはなんというか、なんともいえない黒っぽいものだった。
 しかも俺の目の錯覚だろうか、微妙に変な『煙』(湯気ではない)がでている。
・・・なんか妙に焦げ臭いぞ。
裕一「なんだ、これは」
真琴「スクランブルエッグ」
 俺はそのようにいわれてもう一度それをじっくりと眺める。
 見た目がなにかに似ているかと聞かれれば、地球上にあるものではないとしか答えようのない形。よほどの時間と憎しみのこもった焼入れのせいなのか、近づくだけで異臭を放ち続ける。それでも焦げた黒い部分の中に少々黄色い部分があり、かろうじて卵の痕跡だけは認められる。
 俺はこぶしを握り締め、絶対の確信を持ってつぶやく。
裕一「・・・確かに緊急事態(スクランブル)エッグのようだな。」 
真琴「はい、これ。」
 真琴はテーブルにケチャップをおく
裕一「・・・スクランブルエッグってケチャップかけたっけ?」
真琴「そうでもしないと、とても食べられなくって」
裕一「そんなもん人に食わせる気か!?」 
 と―――
秋子「二人ともゆっくりしていていいの?」
 台所から出てきた秋子さんが手を拭きながらやってくる。
 時計を見ると確かに時間はない。朝の時間をくだらないことで真琴と名雪に浪費させられたようだ。
裕一「名雪、いくぞ」
名雪「えー、でもパンが・・・」
裕一「あのパンはすでに死んでいる。もう新しくパンを焼いている時間はない」
名雪「・・・うん」
真琴「ちょ、ちょっとまってよ。一口くらい食べてよ」
 真琴はあわてた様子で机の上にのっていたスクランブルエッグの皿をこちらに押しながらいう。
裕一「そんなもん食えるか」 
 真琴の瞳の色が変わる。怒りの色に。
真琴「・・・じゃあ、いい」
 そういっていすから立ち上がって、床に足と感情をたたきつけるようにドンドンドンという音を立てながら真琴は二階に上がっていく。
 ・・・まったくガキだなぁ
名雪「・・・」
秋子「・・・」
名雪と秋子さんは俺に視線を送っている。秋子さんはいつもどおり微笑んだまま、名雪のほうは心配そうな表情で。
 ・・・俺もガキだな
 ため息をついて、俺はその目の前のスクランブルな食べ物を口に入れた。もちろんケチャップをつけてだ。
裕一「・・・」
 多少苦いが食べられなくはない。
 秋子さんと名雪の俺への視線を無視しつつ、俺は一瞬のうちにそのすべてをたいらげた。もともと量的にはたいしたことはないのだ。
裕一「食べとかないと今日の夜、どんないたずらされるかわかったもんじゃないからな」
 名雪はニコッと笑い。
名雪「裕一のそういうところ好きだよ。」
 なんとなく、いや確実に見透かされているような気がする。
裕一「うるさい。おいてくぞ」
 ともかく、俺は急ぐ。
 ドタドタドタ
 制服に着替える。
 靴を履く。
 玄関のドアを開ける。
 そして、いつもどおりの『いつも』がはじまった。
 雪がとけ、春が過ぎ、夏はまだ来ていない。
 それは真琴が帰ってきて、一ヵ月後の朝だった。
 

 

 

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